国際貿易には「トークショップ」(おしゃべりの場)が作用
―インフォーマルな組織ならではの共通利益の最大化と、 地政学的リスク回避の両立がカギ―
関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)経済学部の藤井英次教授は、BRICS*1、MIKTA*2、G20*3、G7*4等のインフォーマルな政府間組織・国際フォーラムが世界の貿易に与える影響の解明に取り組み、200を超える国々の30年間にわたるデータに基づく実証分析により、その影響を定量的に明らかにしました。インフォーマルな国際組織やフォーラムは法的拘束力のないコンセンサス重視の意思決定に依るため、実態は「トークショップ」(おしゃべりの場)に過ぎず、国際貿易を左右するような重要な効果は持たないと見なされてきました。自由貿易協定の締結や世界貿易機関(WTO)への加盟、欧州連合(EU)への参加、共通通貨ユーロの採用等、法的な義務や権利が明確に定義されるフォーマルな組織・制度とは異なり、インフォーマルな会合やフォーラムは一見曖昧で捉えどころのない印象が否めず、国際貿易の実証研究においてもその効果は軽視されてきました。これに対して、本研究では、実際には他の経済・地理・歴史・社会的要因に帰することのできない貿易促進効果が、インフォーマルな政府間組織を通じて生み出されていることを明らかにしました。
本研究成果は、Elsevier社が刊行する国際開発分野の旗艦学術誌「World Development」に2026年5月17日付(日本時間)で掲載されました。
ポイント
- BRICS、MIKTA、G20、G7等は常置本部を持たない議長国交代制のフォーラムであり、コンセンサス重視の協議の結果は公式の自由貿易協定のような法的拘束力(順守を強制する力)を有しません。
- にもかかわらず、これらのインフォーマル組織への参加が国際貿易の流れに重要な影響を及ぼすことを実証的に明らかにしました。
- 中でも有力新興国ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカで構成されるBRICSは、自由貿易協定の締結や世界貿易機関への加盟と同等かそれ以上の貿易促進効果を持つことが分かりました。
- カギとなるのはインフォーマルな組織ならではの柔軟性、つまり、共通する利益を最大化しつつ、地政学的リスク誘発に繋がる対立を避ける臨機応変な対応にあると考えられます。
研究の背景と経緯
世界には数多くの国が存在し、そのいずれもが他国と貿易を行っています。どの国がどの国と、なぜ、どれほどの貿易をするのかを考える上で、各国の市場規模と地理的距離を土台とする「貿易の重力モデル*5」はその高い説明力で知られており、国際貿易の実証研究において重要な役割を果たしてきました。分析精度の向上を図るべく、当初の簡素なモデルは大幅に拡張され、その推定方法にも多くの改良が施されて今日に至っています。例えば、相手国との間に自由貿易協定を締結している場合とそうでない場合では、貿易の度合いは自ずと異なります。他にもWTOへの加盟、EUへの参加、共通通貨ユーロの導入等、法的効力を発する条約や超国家的な制度(フォーマルな組織・制度)は国際貿易に大きな影響を及ぼすことが知られています。その反面、それらは他国との関係において自らを拘束する硬直的な取り決めでもあることから、国民の反発や不満を招くことも多く、欧米等では自国優先の風潮が強まっています。そのような事情もあり、あえて法的拘束力のないインフォーマルな政府間組織の創設や国際フォーラムの開催が活発に行われてきました。しかし、それらは「トークショップ」(おしゃべりの場)に過ぎないため、世界の貿易に実質的な効果を持つものでないという見方は根強く、これまで、専門的・科学的分析の対象として取り上げられることはありませんでした。本研究はこのような見方に疑問を投げかけ、データと経済モデルを駆使してインフォーマルな組織・フォーラムへの参加が国際貿易に及ぼす実質的な影響を推定し、従来の「常識」を覆す結果を提示するものです。
研究成果
世界の国々を下図に沿いグループ分けして行った分析の結果、次の4点が判明しました。
- G7は長らく民主主義と市場経済に依って立つ西側経済の象徴的存在でしたが、メンバー国相互の貿易は重力モデルの予想を有意に下回り、グループ内で経済的結びつきの弱体化が進んでいることを示しています。
- 衰退傾向にあるG7とは対照的に、BRICSにはメンバー国間の貿易に対する強い促進効果が認められ、しかもそのマグニチュードは基本モデルの予想を約76%上回るという非常に大きなもので、EU加盟効果には劣るものの、地域貿易協定や世界貿易機関加盟の効果と同等かそれ以上であると推定されます。
- 先進国、新興・途上国が共同参加するフォーラムとして創設されたG20は、GDPで世界の80%超、人口で60%を占める大所帯ゆえに利益の収束が難しく、貿易についてもBRICSやG7の異なる効果が混在するに留まり、全体に共通する効果は認められません。
- 2013年創設のMIKTAは基本的には経済統合よりも外交を優先しており、メンバー国間の貿易に有意な影響を及ぼしていることは認められない一方、G7諸国との間で貿易拡大効果が認められました。
今後の展開
今後の研究の展開としては、次の3つの方向性が考えらえます。
- フォーマルな組織とインフォーマルな組織の相互作用の分析;国際貿易の進展において、両者は代替的な存在として作用するのか、それとも補完的な効果を持つのかを明らかにします。
- 産業別データを用いたミクロ分析;このたびの研究で得られたマクロレベルの分析結果を補完し、どのような経路によって今回推定された効果が生じるのかを明らかします。
- 分析対象期間の2023年以降への延長;近年のアメリカの貿易政策の変化、BRICSの拡大、そして今般の情勢不安と地政学リスク上昇の影響を踏まえた分析を行います。 これらを通じて、変遷を続ける世界の貿易構造についてさらに理解を深めることが重要であると考えられます。
用語解説
*1 BRICS
ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカを主要メンバーとする新興国の政府間フォーラム。2024年にはアラブ首長国連邦、イラン、エジプト、エチオピアが、2025年にはインドネシアが参加。
*2 MIKTA
メキシコ、インドネシア、韓国、トルコ、オーストラリアをメンバーとする国際フォーラム。地域を超えた国際プラットフォームとして外交関係の構築、建設的な調整や相互理解の促進などを掲げている。
*3 G20
1997-98年に発生したアジア通貨危機の教訓から、1999年に先進国・新興・途上国の財務大臣と中央銀行総裁がインフォーマルに意見を交わす機会としてスタート。G7、BRICS、MIKTAの各加盟国に加えて、サウジアラビアとアルゼンチンが参加。
*4 G7
アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本、カナダの7か国と欧州連合EUで構成される。
*5 貿易の重力モデル
各国の経済規模(GDPや人口)と、輸出国と輸入国の間の距離に基づき、相互の貿易額を予測するモデル。
論文情報
タイトル:Informal Institutions and Global Trade: Real Effects of the Elusive
著者:Eiji Fujii
載誌:World Development
DOI:https://doi.org/10.1016/j.worlddev.2026.107458
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305750X26001476