Interviews 研究者 現代社会の危機を乗り越える、言葉の力を信じて
Introduction紹介文
大学時代は理学部で地球物理学を専攻していた原田先生。哲学や倫理にも関心を持っていたため、その後しばらくしてパリ第7大学(現パリ・ディドロ大学)に留学して、物理数学の哲学やフランス科学認識論、自然哲学を学びました。科学の世界や、社会で起こっている現実を見つめ、特にイスラエル・パレスチナ問題などに関心を寄せながら、学問分野にとらわれずに研究活動に取り組んできた原田先生に、これまでの歩みや研究への思いを伺いました。
現代社会が抱える問題に対して、自分に何ができるのか。
地球物理学科を卒業後、哲学を学ぶためにパリへ
中高生の頃から数学や物理が好きで、大学時代は地球物理学を専攻しました。ただ一方で、物理学者が核爆弾を開発して悲劇を引き起こしたり、人工衛星やロケットの研究が軍需産業と結びついたりするという事実もあり、科学技術の研究とは何なのだろうと疑問も抱いていました。哲学や倫理にも興味があり、大学2年生で専攻を決める際にも、物理学か哲学か、どちらの道に進むか悩みました。そのときは物理学を選びましたが、それからも哲学や倫理、聖書や神学の勉強を続けていました。
学部生の頃、パレスチナで第1次インティファーダというイスラエルに対する抵抗運動がありました。聖書が生み出された地で、なぜこんなことが起きてしまうのか。ホロコーストを体験したユダヤ人が、どうしてパレスチナ人に対する人権弾圧を続けているのか。そんなことを感じていた私はその後、物理学から道を変え、パリに留学。パリにいる時に、パレスチナで第2次インティファーダがありました。物理数学の哲学やフランス科学認識論を研究して学位を修め、帰国後は哲学の研究・教育に携わっています。
科学の世界、あるいは社会で起こっている現実を見つめ、
専門分野にとらわれない学際的・横断的なアプローチを
現在の専門は哲学ですが、いわゆる哲学や倫理学の一つの専門分野を極めようとしているわけではありません。研究課題の一つは、科学、特に数学や物理がどのように発展し、現代に至ったのかを視野に入れながら、人間がどのようにして概念を生み出し、実在を把握しようとしてきたか、そして現在もし続けているのかを考えることです。その際、カントをはじめ、哲学者たちとともに考えます。もう一つの今の研究課題は、現代社会の危機、特にイスラエルのパレスチナに対する民族浄化について考えることです。そこには、ユダヤ人のホロコーストの記憶の政治利用や、パレスチナ人の記憶の抹殺の試みなど、考えなくてはならないさまざまな哲学的・倫理学的テーマがあります。外から見ると全く違う研究課題に見えるかもしれませんが、どちらも概念と実在の関係を問うという意味では共通しています。
私の研究動機は、科学の世界、あるいは社会で起こっている現実を見ながら考えさせられることにあります。そのため、自分が考えることは専門に縛られたものではあってはならないのです。学問における専門分野は細分化されているため、私の研究はどの枠組みにも当てはまりづらいという難しさを感じることもあります。しかし、学際的・横断的な研究だからこその意義があるはずだと考えています。
現代社会の危機を、哲学の言葉の力で乗り越えられるか。
その可能性を信じて取り組み続けることが自分の使命
現代社会は多くの問題を抱えています。地球の沸騰化、AI兵器の開発、イスラエル・パレスチナ問題のみならず、世界各地で起きている紛争。国際法が無視され続けても、誰もなす術を持たない。問題を解決するのに、対話ではなく脅しが用いられる。哲学は、言葉の力を信じて、真理とは何かを問い、概念と実在の関係を問い、正義とは何か、法とは何かを問うてきました。しかし現代は、それらの問いと探求が全く効力を持たなくなってしまったように見えます。そんな状況に、怒りや虚しさ、ときには絶望に近い感情を抱くことさえあります。この危機を乗り越える哲学の言葉の可能性があるのかはよくわかりません。しかし、それでも信じてやり続けるしかないという使命は感じています。
また、思想の無力さを感じるときも、数学や物理の本を読みながら、概念の構造を分析したり、その発展を追ってみたりすることは、感情に少なからぬ平和をもたらしてくれます。学問とは、どんな世の中であっても人間性を保ち、生き延びていく力を与えてくれるものではないでしょうか。
研究の合間の息抜きは、音楽にふれる時間。
最近はチェロの演奏に挑戦中。
17歳の頃からフルートを演奏していて、5年ほど前からはチェロも始めました。最近は、20世紀のフランスの作曲家、オリヴィエ・メシアンの『世の終わりのための四重奏曲』の中のチェロ独奏曲『イエスの永遠性への賛歌』を練習しています。メシアンはパリ留学時代に、パリで出会った友人を通して好きになり、それからずっと興味を持っている作曲家です。メシアンがよく行ったアルプスの山も歩きました。彼の曲は非常に難しく、なかなか上手く弾けるようにならないのが、悩みの一つです。