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Interviews 研究者 対話の可能性を信じ、答えのない問いに挑む

ペーターセン エスベン助教授
掲載日:2026.03.31
神学部

Introduction紹介文

日本における「幸福」の概念の形成過程や、宗教的少数者の歴史的役割について研究しているペーターセン先生。「幸せとは何か」、「人は何を信じて生きるのか」といった根本的な問いを宗教学の視点から考え直すことで、時代ごとの価値観の変遷を明らかにしています。調査の中では、先生自身の考えが揺さぶられることもあるそう。学生にもそうした揺らぎを感じながら学びを深めてほしいと語る先生に、現在の研究が秘める可能性についてお聞きしました。

なぜデンマークは「幸福な国」のイメージがあるのか
幼い頃から抱いていた異文化への関心を胸に、宗教学的な視点から解明する

日本においてデンマークが「幸福な国」として広く認識されていることに着目し、そのイメージが定着するに至った過程や、人々がデンマークを幸福だとみなす根拠などを宗教学的な視点から明らかにしています。この研究テーマに決めたきっかけは、来日当初に知った日本人特有の価値観でした。デンマーク出身の私が自己紹介をした際、多かったのが「幸せの国ですね」という反応。なぜ遠く離れたデンマークにいいイメージを持っている人が多いのか。そうした些細な疑問から、この研究がスタートしました。
本学に来る前は、ドイツのフランクフルト大学で日本におけるスイス人・ドイツ人宣教師の活動史を研究していました。他国に関心があったのは、父の影響が大きいです。父はヨットで世界一周を6回も達成するほどの冒険家で、私が幼い頃から外国の話をよくしてくれました。そんな環境で育ったため、異なる文化や他国への興味はごく自然なものだったのかもしれません。2017年に博士研究の一環として来日して以来、専門の宗教学と絡めながら、日本社会の中で「幸福」や「信仰」について研究を深めています。

時代とともに変化する「幸せ」の概念
歴史をたどって見えたのは、現代社会が抱える課題解決への糸口

幸福イメージの内実―すなわち、何がデンマークを幸福な国とみなす根拠となったのか―は、時代によって変化します。この変遷をたどることで、時代ごとの価値観―たとえば、「物質的豊かさ」から「心の豊かさ」へという転換―がどのように形成されてきたのかを浮かび上がらせることが可能です。
時代ごとの「幸福なデンマーク像」の変遷をたどるとともに、日本におけるキリスト教徒がどのように「幸福」の概念を受け入れ、語り継いできたのかについても研究を進めています。日本のキリスト教徒のまなざしに注目することは、宗教的少数者の歴史的役割を可視化する点でも重要です。自らの信仰と異なる価値観を受け入れようとするには、他者を理解する力が必要になります。同じ社会で生きるには、違いを認め合う姿勢や想像力も欠かせません。これは、本学の教育理念にある「世界市民(World Citizen)」の考え方とも通ずる部分があります。日本で「デンマーク=幸福の国」というイメージが定着するまでには、「幸福」の概念を受け入れるために、単なる会話や議論とは異なる、相手を深く理解することを目的とした「宗教的な対話」が確かにあったのです。
「宗教的な対話」は、現代を生きる若者が抱える孤立・分断・生きづらさなどの課題に対しても有効だと考えています。こうした問題を考える際に大切なのは、他者の声に耳を傾け、互いに理解を深めること。私の研究は相互理解の歴史をたどる試みであるとともに、社会課題を乗り越えるためのヒントにもなり得ると感じています。

韓国における教育と対話

異文化理解の力を育む実践的なプログラムを通して、
自分の価値観を見つめ直すきっかけを提供

研究と並行して、ヨーロッパからの留学生向けにフィールドワークも行っています。京都のお寺をめぐり、日本の宗教に触れてもらうプログラムです。この取り組みで目指すのは、‟intercultural understanding“、つまり異文化理解力を伸ばしてもらうこと。ヨーロッパはキリスト教徒が多い地域なので、留学生にとっては初めて知る概念や考え方ばかりだと思います。母国とは異なる信仰を肌で感じ、理解しようという試みを通して、宗教学的視点から他者を尊重する姿勢を身につけてほしいと考えています。
他国の宗教・文化に触れることは、自らを見つめ直すきっかけにもなります。未知の価値観との出会いを通して、これまでの当たり前が揺さぶられる。学生がそうした心の動きと向き合いながら学びを深めてくれることを願っています。

私にとってのミカンセイノカノウセイ

趣味のサイクリングで琵琶湖一周

「幸せとは?」を問い続ける
他者とのかかわりの中で見つける幸福の本質

私が目指すのは、人々が「幸福」を一つの概念として結論づけるのではなく、常に問い続けるための枠組みとして捉えられるようになる社会です。「幸福な国デンマーク」というイメージの研究を通して見えてきたのは、人々が幸福を語るとき、その背景にはいつも「他者との関係」や「物語」があるということでした。つまり、幸福とはなにかを考える際には、異なる価値観や文化、信仰の間にある対話を見つめ続ける必要があるのです。人々の間でコミュニケーションが続けられる限り、私の研究は未完成ですが、同時に未知の可能性をも秘めた生命力のある研究だと感じています。