Interviews 研究者 「虐待」という言葉が存在しない社会を目指して
Introduction紹介文
畠山先生が目指すのは、「虐待」という言葉で親子を分断せず、家族を丸ごと地域で包み込む社会づくり。行政の窓口は、未来を見通せない中で支援の決断を迫られる場所。先生はそこへ足を運び、正解のない問いに向き合う職員の葛藤に誰よりも深く寄り添います。批判や理想論ではなく、現場の痛みを分かち合い共に「最適解」を探すその眼差しは、すべてのこどもが未来に希望を持てる世界を見据えています。
「神様」ではない私たちが、家族の運命を決める時
現場の苦悩に共感し、最適な「意思決定」のあり方を探る
私の研究テーマは、主に市区町村が対応する「こども虐待」や「マルトリートメント(不適切な養育)」と呼ばれる家族への支援です。ただし、この言葉を用いて研究を語ることには、私自身、常に葛藤があります。私が真に目指しているのは、「こども虐待」という言葉を使わずに、家族を丸ごと地域で支援できる社会だからです。「虐待」という強い言葉は、親子を「加害者」と「被害者」に分断してしまいます。しかし、現場で支援を必要としているのは、孤立や不安の中でもがき、周囲も「大丈夫かな」と心配しているごく「普通」の家族が大多数なのです。だからこそ、誰かを断罪するのではなく、地域が当事者に自然と手を差し伸べられる仕組みを作りたいと考えています。
そのために現在、住民に最も身近な基礎自治体(市町村)における「意思決定システム」を研究しています。行政の窓口では、家族をどう支えるかという重大な判断が日々行われています。しかし、現場の職員は未来を見通せる「神様」ではありません。リスクをゼロにできない中で、次々と現れる課題に対し、モグラ叩きのように必死に対応しているのが実情です。
データだけでは見えない真実を知るため、各所へのフィールドワークを徹底しています。例えば、自治体の職員会議への同席。彼らは時に、世論からの厳しいバッシングや計り知れない重圧に晒されています。安全な場所から理想論を語るのではなく、現場の痛みを共有し、共に悩みながら、より納得性の高い「最適解」を導き出せる環境を模索しています。
親を慕うこどもたちの姿に突きつけられた問い
―「なぜ、家族は離れ離れにならなければならなかったのか」
現在の研究の原点は、大学院時代に訪れた実習先の児童養護施設で見た光景にあります。こどもたちは、入所理由が親からの虐待であるにもかかわらず、「自分の家族はこんなに素敵なんだ」と競うように話していました。その健気な姿を見た瞬間、胸が締め付けられる思いと共に、「これほど親を求めているのに、なぜ一緒に暮らせなかったのか」「ここに至るまでに社会ができることはなかったか」と強く感じました。
また、米国シカゴで在宅支援ワーカーとして働いた経験も、現在の姿勢に繋がっています。治安の悪い地域の家庭でも、ドアを開ければそこには普遍的な家族の営みがありました。同時に、「私が帰った後、この子に何かあったら」という恐怖にも似た重責を実感。これらの経験があるからこそ、私は日本の現場で働く人々のプレッシャーを我が事として感じ、机上の空論ではない、血の通った支援を追求し続けたいと思っています。
「われらのこども」として、未来を育む社会へ
― 感情論の「振り子」に流されず、世界とつながり解を探す
少子化が進む日本において、こどもたちが「生まれてきてよかった」と思える社会を作らなければ、未来はありません。子育ては本来大変な営みであり、親も完璧ではありません。だからこそ、家族だけで抱え込まず、社会全体がすべての子を「われらのこども」として支え合う転換が必要です。
悲しい事件が報道されるたび、世の中は「親に問題がある」「もっと強い権限でこどもを保護しろ」という風潮に傾きます。世論が感情で揺れ動くのは、ある種仕方のないことですが、現場がそれに流され、保身に走ってしまっては本末転倒です。どこの国にもパーフェクトなシステムはありません。だからこそ、私は一時の感情論に流されず、冷静かつ多角的に解決策を探りたいのです。
批判や分断を煽るのではなく、どうすれば家族を孤立させずに支えられるのか。現場の実践家や当事者の方々と対話を重ね、その道筋を一つひとつ丁寧に紡ぎ出していくこと。それが、「すべてのこどもが将来を楽しみにできる社会」への第一歩だと信じています。
「馴染む」ことで見えた欧州の家庭支援
日本と世界、現場と研究をつなぐ架け橋に
こども家庭福祉の研究は英語圏の情報が中心でしたが、多様な支援の形を求め、10年前からフランスをはじめとした欧州へフィールドを広げました。制度の真の理解には、その国に馴染むことが不可欠。現地の言葉を用いた調査を目指し、フランス語の修得に悪戦苦闘しています。少しずつ、国境を越えた共通の課題も見えてきました。完璧な制度、完璧な社会は存在しないからこそ、現場と研究、日本と世界をつなぐ架け橋となるような研究を展開したいと考えています。