Interviews 研究者 暗黙のルールが維持される社会環境を考える
Introduction紹介文
「複雑な集合現象について、ロジックの通った説明が思いついたときや、それを実証できたときに面白さを感じます。」研究の面白味についてそう語る岩谷先生が取り組むテーマは暗黙のルール。学校でも職場でも、ルールに従っているけれども内心それを支持しているわけではないというように、自分の気持ちと行動の間にギャップを感じたことがある人も多いのではないでしょうか。そんな暗黙のルールが維持されるメカニズムや、それらが保たれやすい環境について調査する先生に、研究について詳しく教えていただきました。
人間の意思と行動の間に生じる「ズレ」に着目
暗黙のルールを社会心理学の視点から紐解く
社会や集団には、多くの人が賛成していないのにもかかわらず維持されているルールのようなものがあります。いわゆる暗黙のルールです。例えば、授業中に分からないことがあっても質問しにくい、真夏の屋外で周囲に人がいなくてもマスクを外しにくい⋯などは感じたことがある人も多いのではないでしょうか。私はそういった暗黙のルールについて社会心理学の観点から研究しています。
このテーマに決めたきっかけは、大学時代に専攻していた経済分野での考えに疑問を持ったことでした。今考えると視野が狭かったという気がしないでもないですが、当時の自分は、経済学は「人間は基本的に自分のしたいことをするため、選好と行動は一致する」という想定があるという印象を持っていました。当時大学1年生だった私は、「この想定では説明できない人間の行動もあるのではないか」と感じ、自分のしたいことと行動のズレを研究するために社会心理学へと専攻を変更しました。このズレについて突き詰めるなかで暗黙のルールというテーマが立ち上がり、今の研究に至ります。
思い込みから生まれるルール
多元的無知という考え方
研究のカギとなるのは、勘違いです。社会心理学では多元的無知と呼びます。例として、真夏の屋外でマスクを外しにくいという暗黙のルールを考えてみましょう。暑くて息がしづらいためマスクを外したいと思っている人がいたとしても、「マスクを外すと周りの人に悪く思われるかもしれない」と予想しているため、積極的にマスクを外すことができないというケースです。もしマスクを外すと本当に周りの人から悪く思われるのだったらこの予想は正しいわけですが、仮に周囲の人がマスクを外すことを悪く思っていないとしたら、この予想は勘違いになります。このとき、「マスクを外すと悪く思われるかも…」という勘違いがきっかけになって、息苦しいのにマスクを外せないという暗黙のルールが生まれていると言えます。
このような状態はなかなか変えにくいものですが、多元的無知という概念が広まって、「このルール、実は多元的無知ではないか」という指摘を気軽に行いやすくなることで、暗黙のルールについて考え直す機会が増えればなと思っています。
社会心理学と行動経済学の掛け合わせ
環境によって変わる人間の行動を読み解く
社会環境によって変容する人間の行動にも興味があり、最近はナッジに注目しています。ナッジとは(主に)行動経済学の分野で注目される概念で、人間の行動を変えるためのちょっとした仕掛けのようなものです。例えば、「大多数の人が特定の行動をとっている」という情報を提供することで、その行動をする人を増やすことができることを示した研究があります。「他者の行動が与える影響」という点では暗黙のルール研究と近い部分があるので、現在は社会心理学とナッジの考え方を融合させつつ研究を進めています。今後はナッジの効果が社会環境によってどう変化するのかなども含め、社会心理学の観点から細かくナッジ研究を進めたいと考えています。
意見を言いにくいチームに生じうるズレ
現在の研究を活かし、心理的安全性の探求に挑む
心理的安全性について、暗黙のルールの観点で研究を進めようと考えています。心理的安全性は、対人的なリスクを取りやすいかという概念のことで、「他人の意見が間違っていると思ったときに指摘する」とか、「失敗するかもしれないけどチャレンジしてみる」などの行動が集団の中でとりやすいかということです。そういった行動をとる人に寛容な環境だと、心理的安全性が高いと考えられます。しかし、本当は心理的安全性の高い環境でも、メンバーは互いに「意見を言うと周囲から悪く思われるかもしれない⋯」と勘違いしあっているかもしれません。今後は、実際の安全性と、認知される安全性のズレという観点から心理的安全性という概念を深堀りできればと考えています。