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Interviews 研究者 国際私法を軸に、新たなテーマに挑戦し続ける。

山口 敦子教授
掲載日:2025.08.18
法学部

Introduction紹介文

山口先生は本学の法学部を卒業後、国際私法を専門として修士・博士課程を修了。その後、日本やドイツの研究機関や大学を経て、2024年から母校である本学で研究・教育に携わっています。10年ほど前から、それまで主に取り組んでいた著作権分野の国際私法から研究対象を広げ、欧州特許等を扱う統一特許裁判所について研究しています。自ら興味を持ったテーマに挑戦し続ける山口先生に、これまでの歩みや今後の展望について伺いました。

専門分野は国際私法。現在は、欧州に設立された統一特許裁判所で適用される国際私法に注目し、研究に取り組んでいる。

2023年6月1日、統一特許裁判所(Unified Patent Court:以下、UPC)の運用が本格的に開始されました。UPCとは、欧州特許及び欧州単一効特許(以下、併せて欧州特許等)に関する紛争の解決に特化した裁判所です。私はUPCで適用される国際私法について研究しています。国際的な民事訴訟がある国の裁判所に提起された場合、その裁判所に裁判をする権限があるかという問題が生じます。例えば、ある外国企業が取得した日本の特許を別の企業が侵害したとして、これにより生じた損害の賠償を求める訴えが日本の裁判所に提起されることがあります。この場合、日本の裁判所に裁判をする権限があれば裁判を行うことができ、この権限のことを国際裁判管轄と言います。UPCも同様で、提起された欧州特許等に関する訴訟について、同裁判所に国際裁判管轄がある場合、裁判をすることができます。私は、この国際裁判管轄があるかどうかを判断するためのルールについて、現在研究を進めています。
日本は欧州諸国の一員ではありませんが、日本の個人や企業も欧州特許等の取得は可能であり、UPCも利用することができます。実際に、日本の企業が関与する訴訟は行われており、すでに判断も下されています。

統一特許裁判所ミュンヘン地方部の写真。ドイツには地方部が4つ、中央部が1つあります。

「研究対象を広げたい」という思いで新たな分野に挑戦。
努力がすべて無駄になってしまうかもしれない事態も経験した。

私がUPCで適用される国際私法について研究を始めたのは、今から10年ほど前。欧州単一効特許及びUPCを創設するための法が欧州で成立して少し経った頃でした。そのため、欧州単一効特許とはどのようなものか、それを扱う裁判所とはどのようなものか、より一層、注目が集まっていました。私は当時、知的財産研究所で特別研究員として研究を行っていました。この研究所は、知的財産に関する調査研究、情報提供、国際交流といった事業を実施し、知的財産制度の発展に寄与することを目的とする研究所です。私自身はそれまで、著作権分野の国際私法を研究していましたが、研究対象を広げたいと思っていた時期でもあったので、特許権分野のうち特にUPCについて、自分の専門である国際私法という法分野の観点から研究することにしました。
しかしその後、思わぬ事態に直面しました。2016年に実施された国民投票の結果、英国はEUを離脱することに。欧州単一効特許及びUPCを設立するプロジェクトは、ドイツ・英国・フランスが中心となって進められていたため、英国が抜ける影響は大きく、先行きが見えない状況になってしまいました。当時の私は、日本で1年、ドイツで1年強、UPCに関する研究を行っていたので、これまでの研究が無駄になってしまうのか……と思わずにはいられませんでした。ひとまず別の研究をしつつ、動きを注視していましたが、紆余曲折を経ながらもUPCや欧州単一効特許が現実のものとなり、努力が無駄にならずほっとしました。

ドイツはミュンヘンにある欧州特許庁の写真。こちらで欧州特許、欧州単一効特許を取得することができます。

今後もUPCの運用の状況について分析し、同裁判所を利用する日本の企業等にとって有益な情報を発信していきたい。

UPCの運用開始から2年が経ちました。運用開始前から一部のルールについて不明な点があったのですが、それを明らかにする判断がUPCによって徐々に示されています。それらを分析し、情報として発信していくことは、同裁判所を利用する日本の企業等にとって有益ではないかと考えています。また、UPCには特許調停・仲裁センターも設置され、2026年初頭の運用開始を見据えて動いています。これに関する情報も収集・分析し、発信していきたいです。
研究者としてのこれまでを振り返ると、基本的に自分の興味・関心のあるテーマに取り組んでいるため、特にやめたいと思うこともなく、心の赴くままに研究を継続しているうちに、気づいたら何かを達成していたということが多かったと感じています。研究すればするほど、いかに自分が知らないことがたくさんあるか気づかされるので、これからも生涯を通じて取り組み続けるだろうと思います。

私にとってのミカンセイノカノウセイ

フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』が展示されているマウリッツハイス美術館の写真。ほぼ毎夏、オランダはハーグで研究活動を行っています。

いつかは関心のある芸術の分野に
国際私法の観点からアプローチしてみたい。

昔から美術を含む芸術に興味があり、大学院時代に著作権分野の国際私法を研究することになったのも、画家のサルバドール・ダリが創作した絵画の著作権の譲渡に関する判決に関心を持ったのがきっかけでした。現在も、美術品を鑑賞するだけでなく、作品や作者、創作の背景にある歴史を含む書物を読んで見識を高めています。いつかは国際私法の観点から、芸術や文化の保護にアプローチする研究ができればと、美術品の法的保護に関連する文献にも目を通しています。