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Interviews 研究者 数式で読み解く、経済のグローバル化と格差の繋がり

須佐 大樹准教授
掲載日:2025.08.18
経済学部

Introduction紹介文

「グローバル化が進むと、国の中の格差も広がるのか?」そんな大きな問いに数式や理論モデルを使って挑戦を続けているのが、公共経済学・政治経済学を専門とする須佐准教授です。政治、経済、そして一人ひとりの暮らし……これらを繋ぐメカニズムを明らかにすることは、より良い社会のための第一歩。大きな困難を乗り越えて研究者となり、教員としての日々を送る須佐准教授に迫ると、学問の可能性と「知ることの面白さ」が見えてきました。

グローバル化が進むと、国内の格差が広がる?
政治参加と税政策の関係を数理モデルで読み解く

私の専門は、公共経済学や政治経済学と呼ばれる分野です。特に関心を持っているテーマは「グローバル化が進むと、国内の経済格差はどう変化するのか?」という問題。いま世界では、企業やお金、働く人たちが国境を越えて動く「グローバル化」が当たり前になってきました。こうした動きに対して各国の政府や自治体は「自分の国・地域に企業を呼び込もう」と税金を下げたり、優遇したりする。これがいわゆる“財政競争”と呼ばれるものですが、こうした政策が全ての人にとって良いとは限りません。特に収入が少ない人は「資本を多く持っているひとに対する税金を上げて再分配を手厚くしてほしい」と願うことが多いでしょう。ところが、財政競争が進むとその声は届きにくくなります。なぜかというと政治参加にも“コスト”がかかるからです。投票前に情報を集めたり投票所に行く時間をつくったり、そういった負担は実は人によって大きく異なり、裕福な人ほどコストが低いという現実があります。一方で、財政競争がある状況では資本への税率が下がる圧力があるので、せっかくコストをかけて政治参加してもその実りが小さくなってしまうがゆえに、あきらめてしまうのです。私は、こうした問題を数理モデルにより分析しています。経済学における数理モデルとは、社会経済の構成要員(政府・企業・個人等)の選択や行動を数式で表し、どのような状況が予見されるか、また、政策がどう影響するかを考察する手法のこと。この方法を使うと「お金のある人とない人では、政治参加のしやすさに違いがある」ということを前提に「格差がどう広がっていくか?」を理論的に描き出すことができます。理論は一見難しそうに思えるかもしれませんが、そこから見えてくるのは、私たちの社会の見えない仕組み。それを解き明かしていく面白さに惹かれ、研究者の道を選びました。

理論で繋ぐ面白さに気づいた大学院生時代。
“伝わる研究”への意識は、事故が変えた価値観

今の研究テーマに出会ったのは大学院時代です。当時読んだ一本の論文が「民主主義が、経済にとって思っていた以上に大切な働きをしている」という、当時としては画期的な結論を出していて強く心を動かされました。以来「政治と経済をどう理論で繋ぐか」が私の研究の軸になりました。しかし大学院時代に交通事故に遭ってしまい、頭部の手術と長いリハビリを経験。高次脳機能障害が残り、特にその直後の時期は記憶や思考の集中に大きな支障が出ることもありました。自分がそれまでの自分でないような、完全には元に戻らない感覚。そんな中で得たのは、それまでの「複雑なことだけがすごいこと」という価値観を手放し「シンプルで、でも本質を突いた研究がしたい」という気持ちです。また、自分の考えやアイデアを人に伝えるには直観的で面白いストーリーが必要だということにも気づかされました。今では「難しいことを、わかりやすく、深く伝えること」を常に目標にしています。

見えない仕組みに光を当てる。
理論分析で見えてくる新たな事実が、社会をより良くすることを願って

この研究の面白さは、数式から社会の意外な姿が浮かび上がること。たとえば「企業への税率が下がっているのは財政競争のせいだ」と思われてきましたが、私の分析では「貧困層が政治参加をあきらめてしまうこと」も関係していると示せました。こうした新しい視点を理論的に導けたときは胸が高鳴ります。
最近では、国際的に「税のルールを統一しよう」という動きが広がっています。これもただ“税率を決める”だけでなく、「社会にどんな影響があるのか」を理論的に予測し、評価することが求められます。私たちのような理論研究者は、そうした政策に先回りして「何が起こりうるか」を分析し、より良い選択肢を示す役割を担っているのです。もちろん、理論だけでは不十分。現実のデータと照らし合わせて検証し、説得力を高めていくことも欠かせません。そうして初めて研究は社会の役に立つ「知」となるので、これからも広い視野を持ち、精度の高い研究を行っていきたいです。

私にとってのミカンセイノカノウセイ

日本財政学会 若手研究者奨励賞 授賞式スピーチの様子

医療経済・実証分析・卒業生との共同研究。
3つの領域に踏み出した私の新たな挑戦

これまで数式を使った理論分析を専門としてきましたが、現在はデータを用いた実証分析にも挑戦中。三重県松阪市周辺で導入された「非緊急の救急要請に対する選定療養費制度」がもたらす影響について、因果推論という手法を用いて検証します。この研究は前職での教え子(現在は大阪大学大学院に所属)との共同プロジェクト。理論分析から実証分析へ、分野も公共経済学から医療経済学へと広がる中、新しい知見が自分の研究にどうフィードバックされるか、日々楽しく取り組んでいます。