Interviews 研究者 文化人類学の思考法は「生きやすさ」につながる

Introduction紹介文
中谷先生の専門である文化人類学を学ぶ上で欠かせないのがフィールドワークです。現場に身をおいて得られる想定外の発見から、違う視点を獲得できることが、そのメリットと言われています。先生もフィールドワークを通して、個と社会が同時に存在する世界のおもしろさに魅了された一人。「常に自分が理解していると思っている物事の外に目を向けること」と想像力の幅を広げ、人生にも役立つものの見方を学生たちに伝えています。
「当たり前」が通用しない環境に身を浸す。「思った通りのことをやろうと思わない」フィールドワーク。
さまざまな学問分野で行われるフィールドワークは、現場に出て調査する研究手法のひとつです。その現場は調査対象によって違いますが、文化人類学は対象の多くが異文化のため、自分の当たり前が通用する慣れ親しんだ社会からより遠い距離で、自分にとって「わからない」「知らない」対象と付き合わせてもらいながら、学び・研究を深めていくのが特徴です。
そして、文化人類学におけるフィールドワークのおもしろさは「研究テーマは変化していく」ということ。行った先で自分が予想もしなかったできごとに出会ったり、知らないことを相手が教えてくれることは日常茶飯事です。「わからないもの・こと」に耳をかたむけ、自分の思い込みや先入観を外し、もう一度テーマを建て直す。文化人類学では長期にわたるフィールドワークが主な研究手法なので、自分にとっての想定内で終わらせてはつまらない。フィールドワークの中にある「想定外の発見」から違う視点を獲得できることが最大の醍醐味と言えます。
フィールドワークのため、バリ島の農村で暮らした20カ月。現場で見て・触れて・感じた貴重な時間。
私の専門分野は文化人類学、そしてジェンダー論です。これまで行ってきた研究では、このふたつの学問をベースとしつつ、主にジェンダーと労働に関係するテーマに取り組んできました。フィールドワークでは、約20カ月にわたってインドネシア・バリ島の山村に滞在しながら、伝統的な織物を織って生計を立てている女性たちを訪ね歩き、さまざまな話を聞かせてもらいました。
このテーマも、最初は“2種類の織物を織る村”を予備知識に、織物業について調べることを目的としていましたが、女性たちと寝食を共にする中で、織物を織る以外に家事育児や儀礼の準備で忙しく働く姿を目の当たりにし、女性が日常従事するさまざまな活動が調査対象となっていきました。これらはすべて、行ってみなければわからなかったことです。バリ島の山村で暮らし、人々の日常にまるごと身を浸した経験は本当に貴重で、私自身のものの見方にも大きな影響をもたらしました。現在はそのテーマを発展させ、「伝統的なものづくりの継承にはどんな課題があるのか」について知りたいと思うようになりました。海外での調査から得られた知見を日本の状況と照らし合わせながら考え、東南アジアを中心としたさまざまな地域での手仕事、とりわけ布の生産や消費などをめぐって調査対象も作り手から使い手へと変化してきています。


思考の枠からはみ出すことを恐れない。別の視点を取り込むと、人生が生きやすくなるかもしれません。
大学ではフランス語を学び、副専攻では国際関係論を選択。卒業後は、東南アジアの国々と草の根交流を手がけている市民団体で3年間働きました。仕事で訪れる東南アジアの国々で、政治や経済の動向よりも農村などに暮らす普通の人々が何を考え、どのように変化を受け入れてきたのかを肌感覚で理解したいと思うようになり、学びのツールとして出会ったのが文化人類学です。
文化人類学を学ぶ、フィールドワークをすることの最大の利点は、自分の「思い込み」から脱する機会を与えられることだと思っています。私たちは普段、半径1mぐらいのことしか気にかけていません。枠の外では理解の及ばないできごともあれば、自分とはかけ離れた思考を持つ人が存在している。そのことに気づくための手段がフィールドワークというわけです。
「これが当たり前」と思っている思考の枠からはみ出して、「他の可能性もあるんじゃないか」と別の視点を自分の中に取り込むこと。文化人類学的な考え方が身につくと、これからの人生がより面白く、生きやすくなるのでおすすめです。

和服を着る機会を増やし、使い手・買い手になることで可能性に気づくきっかけに。
東南アジアや日本国内のさまざまな染織品の産地を訪ね歩いてきたものの、着物を着る習慣はありませんでした。でも、やはり日本の伝統衣装と言えば着物です。あるとき、祖母や母の着物を私が受け継がねば、膨大な労力を注ぎ込んで作られた手仕事の成果が無駄になってしまうと気づいて着付けを習い、ふだんから着物を着るようになりました。関学のスパニッシュ・ミッション・スタイル建築と和服姿はちょっとミスマッチな感じがして勇気がいりますが、これからは大学に着物を着ていく機会を少しでも増やしたいと密かに思っています。