写真部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

写真部

 大正・昭和初期、関西の写真界は隆盛を誇っていたが、学生のみの写真クラブがない中、1932年に文学部の堀田頼雄を中心に、全国の大学に先駆けてカメラクラブが結成された。
当時関西写真界で活躍中のハナヤ勘兵衛を顧問とし、35年に関西学生写真連盟第1回展覧会を開催した。
その年、カメラクラブは正式に文芸部に加入した。
全日本学生写真連盟も結成されるなど学生写真はますます盛んになったが、戦時色の強まった37年ごろには光画研究会と改称し、43年の学徒出陣と同時に活動は一旦停止を余儀なくされた。
戦後、写真部と再改称し、全日本、全関西展など再び精力的な活動を行い、55年以降には学生写真連盟展で連年団体賞を受賞、全日本学生写真コンクールにおいても最優秀賞を受賞するなど、華々しい記録を飾った。

 1965年以降になると「オールKG展」が始まり、関西学連において優勝をはじめ多数の賞を獲得した。
80年には関西学連が再結成され、現在に至るまで新たな作風の写真家を多数輩出している。
2012年に創部80年を迎え、同年12月にOB・OG現役部員が集まり、80周年記念式が開かれた。
写真展は年に4、5回程度開いており、盛んな活動を行っている。

【文献】『上ケ原文化』1959;『アングル50周年記念号』1982