聖和幼稚園(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

聖和幼稚園

聖和幼稚園

聖和幼稚園

【沿革】 
〔歴史〕聖和幼稚園は、1886年に宣教師J.W.ランバス一家によって神戸居留地を拠点として活動を開始し、関西学院、広島女学院などを創立したアメリカ・南メソヂスト監督教会の働きから生まれた。

 1891年に同教会宣教師N.B.ゲーンズによる広島女学校保姆師範科の設立に先立って開園され、附属幼稚園となった。
その後、同師範科がランバス女学院として大阪・上本町に移転すると同時に附属ランバス幼稚園となった。
さらに、ランバス女学院が聖和女子学院として兵庫県西宮への移転に伴い附属聖和幼稚園、その後、聖和大学附属聖和幼稚園としての歩みを続け、2009年4月、関西学院と聖和大学の法人合併により学校法人関西学院聖和幼稚園と改称し、現在に至っている。

〔教育内容〕聖和幼稚園は、初代園長ゲーンズによって掲げられた「幼な子をキリストヘ」の建学の精神を基に、120年にわたって聖書における子ども観(一人ひとりの子どもたちは神様に愛された存在)をもってキリスト教主義による教育・保育を継承してきた。

・広島女学校保姆師範科附属幼稚園時代(1891~1921) 
 1891年開園当初、全園児13名という小さな歩みから始まり、地道なキリスト教による愛の保育実践によって、少しずつ市民権を得ていくこととなる。
その初期の保育は、フレーベルの理論を基に遊戯、恩物を遊具とする保育が展開されたと思われる。
中期の保育は、P.S.ヒル(J.デューイの高弟)の斡旋によりF.C.マコーレーが配属され、児童中心主義による自由な保育が取り入れられるようになる。
また、ピアノに合わせてスキップをするなど、当時、「斬新な保育」と評される内容であった。
後期の保育は、M.M.クックが主軸になり、より自由な保育の活動が加わり、本園の遊びを基軸とする保育の基本が確立された。

・ランバス女学院附属ランバス幼稚園時代(1921~41) 
 保姆師範科が大阪に移転することで、母体となる学校はランバス女学院となり、附属幼稚園も新たなる転機となった。
広島に引き続いてクックが指揮を執り、カリキュラムは児童心理学の上に置き、子どもの発達に応じたものが組まれるようになっていった。
母親教育、児童相談(教育相談)が充実してきたのもこの時期である。

・聖和女子学院附属聖和幼稚園時代(1941~50) 
 母体となるランバス女学院が、神戸女子神学校との合同(現在の兵庫県西宮市に移転)により聖和女学院附属幼稚園時代が始まる。
保育においては、子どもたちを中心に考えたキリスト教保育の実践を途絶えさせることなく、1945年の終戦を機に再び保育環境の整備に努める。

・聖和大学附属聖和幼稚園時代(1950~2009) 
 戦後の復興期に、母体となる大学が聖和女子短期大学―聖和女子大学―聖和大学と発展し、附属幼稚園も再び充実期を迎えることとなる。

・関西学院聖和幼稚園時代(2009~現在) 
 2009年、聖和大学と関西学院大学の法人合併により園名を学校法人関西学院聖和幼稚園とした。
折しも少子化など子どもを取り巻く社会変容が大きい中、現在、これらの状況に対応すべく保育内容や子育て支援を備えて、更なる展開を試みている。

【現状】 
 聖和幼稚園は、キリスト教主義教育を実践する幼稚園として、神様から命、個性を与えられている子どもたち一人ひとりを大切に守り育てていく保育を120年にわたって継承してきた。
その内容は遊びを中心とし、ゆったりとした時間の中で子どもたちの心と体を大事に育む幼児教育である。
以下、その教育方針および保育内容の概要と援助、環境設定におけるこだわりの観点を記す。

〔聖和幼稚園の教育方針〕・子ども一人ひとりが、イエス・キリストによって示された神様の愛に気付き、自らがかけがえのない存在であることを知り、喜びと感謝をもって過ごす。

・お互いの個性や多様性を認め合い、自主性、創造性を発揮して共に育ち合う。

・神様の創造された自然の中で心と体を存分に使って遊び、健康的な心身を育み、豊かな感性を培う。

〔保育内容〕①自由活動:子ども一人ひとりが喜びをもっていきいきと遊ぶ場として教育的配慮をもって構成された環境に、子どもが自主的に働きかけて物と人に関わる中で、創意工夫したり、想像の世界を広げ知識や技術を獲得したり、楽しさや達成感を味わうとともに、困惑や葛藤、考えの違いなどを体験するなど、人との関係、自由と規律の関係などを学ぶ活動として大事に考えている。

 ②話し合い・礼拝:子どもたちの椅子を馬蹄形に並べ、子どもたち同士が互いの表情を見合える位置関係になって話し合いをする。
クラス全体の話し合いのときは、一斉に話題を提供するときでもあるが、一人ひとりが主体的にそれぞれの思いや表現の違いに気付いたり、新たな発見をするなど、心を豊かに動かしているときとなるように配慮している。

 ③外遊び:神様によって創造された自然環境の中で存分に遊び、生きる力の源泉を育むという目標を前提に、外遊びの体験を重視している。

 ④音楽・表現活動:100年以上にわたって受け継がれている独自の表現活動を中心に、音楽活動は、クラシックから最新の音楽まで取り入れ、子どもたちの発達や興味・関心に合わせて豊かに楽しめるようにしている。

〔保育環境〕園庭の樹木に包まれて建っている園舎は、木の素材を使い、発達に合わせて子どもたちの使う椅子、机、遊具・教材棚は、各学年高さや配置も考慮している。
園庭の固定遊具に関しては、走る、登る、降りる、ぶら下がる、揺れる、滑る、跳ねるなどの動きができるように考えている。
「森」と称する庭には、シナノキの高木を中心に、子どもたちが興味を持つコナラ・ミズナラ・マテバシイなどどんぐりのなる木が14種類、カキ、ヒメリンゴなど食べられる実のなる木も多数植栽している。
昆虫類も150種以上が園内にて確認されるほど自然環境は豊かである。

〔預かり保育「ぶどう組」〕近年、近隣子ども社会の崩壊、子どもたちの遊び場の減少などに鑑み、本園は2010年度より子どもたちの健やかな成長のために、預かり保育を実施している。
基本的に保育日は、保育終了後から5時30分まで行っている。

【文献】『聖和八十年史』1961;『聖和保育史』1985;『聖和幼稚園100年史』1991;『むすんでみよう子どもと自然』(8章)2010