古武弥四郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

古武弥四郎

こたけやしろう

1879.7.2~1968.5.30

古武弥四郎

古武弥四郎

理事、評議員。
岡山県邑久郡本庄村に生まれる。
1902年、大阪府立医学校卒業。
戦中・戦後と関西学院の経営が困難な時代に、常務理事として神崎驥一院長を支えた。
大阪帝国大学医学部長を務め、1940年に定年退官し名誉教授となった。
生化学界の重鎮。
42年に学院理事に就任。
44年の専門学校理工科開設に貢献するとともに、戦後の自然科学系の大学学部開設を模索するなど、終始神崎院長の働きに協力した。
神崎院長が兼務していた学長の後任が正式に決定するまで、46年1月から翌年3月までの期間、学長事務取扱の職も務め、50年、神崎院長の退陣とともに辞任した。

【参照】Ⅰ 566,595,597,598;Ⅱ 20,28,33,35,36,41,42,54,65,192,238