高中部長(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

高中部長

 新制高等部・中学部は、それぞれ初代部長の河辺満甕と矢内正一の個性のもとに独自の校風ができあがり、以来60有余年にわたる過程で、それぞれの伝統が築きあげられている。
しかしその歩みの中で、学院としての一貫教育を標榜しながら、両部が全く別の学校であるような感が強くなっていった時期があった。
これを本来の姿に戻し、高中一貫制の促進と改革の可能性をさらに追求する施策として、高中部長一人制の実現が試みられた。

 1967年に高等部長石田己代治および中学部長加藤秀次郎が同時に定年退職するのを機に、高中を兼任する高中部長一人制に移行、高等部から4名、中学部から2名の候補者が選ばれ、高中教員の選挙により高等部宗教主事を務めていた小林宏が選出された。
部長一人制により部長は役職上理事となる。
72年より高中部長を正式の役職とし、部長を補佐する者として、教頭職にかわる公選制の副部長がそれぞれの部に置かれた。

 1990年、小林は定年退職となり、中島貞夫が高中部長に就任。
95年、定年退職するが、任期中、高中両部の教師会、学校行事および学院本部関係の会議、他校との会議等に出席することは物理的に不可能であることを実感し、各部に責任者としての部長を置くことが望ましいと判断し、95年、高等部長に小村俊之、中学部長に尾崎八郎がそれぞれ選出された。
この際、高中部長職は従来どおり理事として存続することになり、理事会において高中部長候補者選考委員会(院長・宗教総主事・常務理事・常任理事1名・理事会が選ぶ理事2名)を設置し、尾崎八郎を選任した。
任期は高中部長・高等部長・中学部長ともに3年である。
尾崎は2001年3月に退職し、同年4月から02年3月まで山内一郎院長が高中部長を兼任することになった。
その後は、02年から07年畑道也院長、07年から11年澄田新高等部長、11年からはR.M.グルーベル(Ruth M.Grubel)院長が高中部長を兼任している。
なお、中学部長・高等部長および高中部長にはクリスチャン・コードが付されている。

【参照】Ⅱ 464【文献】『関西学院高中部百年史』1989