教職員組合(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

教職員組合

 戦後の民主化の流れにあって、1945年、労働組合法が公布、翌年施行された。
この頃から関西学院では教職員が待遇改善の諸要求を行っており、それらの総意を結集する形で46年12月12日に組合結成大会が開催され、同月25日に労働組合法に基づく組合が正式に発足し、27日には労働協約締結の申し出を理事会に行い、翌年9月の組合総会で協約が受け入れられた。
初代委員長は小宮孝。
関西の私学ではもっとも早い立ちあげであり、労使対立という構図はキリスト教主義学校ではなじまないとの意見もあったが、50年に院長公選を実現させるなど、その後の学院民主化、待遇改善に大きく貢献した。
47年、日本教職員組合に加入したが50年に脱退、52年、健康保険組合に加入、54年、日本基督教主義学校教職員組合に加入、54年、恩給・退職金規程制定などを行った。

 しかし、組織の拡大とともに、大学教員、中学部・高等部教員、職員間の組合への取り組みの相違から、1964年に大学教員組合、高中教員組合、職員組合が結成され、3組合時代が始まった。
65年には3組合に共通する事項の解決のために教職員組合協議会が発足し、今日に至っている。

【参照】Ⅱ 42,288【文献】『あすく』1987-2011;『あすく別冊 組合活動の記録1946~1989』1990;『あすく別冊 組合活動の記録:付録基本給基準表抄』1990;『あすく別冊組合活動の記録1990-1999』2001