ダッドレー,J.E.(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

ダッドレー,J.E.

Dudley,Julia Elizabeth

1840.12.5~1906.7.12

ダッドレー,J.E.

ダッドレー,J.E.

来日したアメリカン・ボード(会衆派)の最初の女性宣教師の一人。
神戸女学院および神戸女子神学校(後の聖和大学の前身の一つ)の創立者の一人。

 イリノイ州ネイパーヴィルに生まれる。
ロックフォード・フィーメール・セミナリーで学んだ後、教師となったが、日本伝道を志し、1873年3月、E.タルカット(Eliza Talcott)とともに神戸に到着。
同年10月、タルカットと神戸近郊花隈村の前田兵藏方で、女性のための私塾を始めた。
この私塾は、75年10月、神戸の山本通の女学校(後の神戸女学院)に発展した。
76年、母方の従妹M.J.バローズが来日。

 1880年10月、バローズとともに、神戸の下山手通6丁目花隈町のスズキタイロウ(漢字不明)方の借間を教室として、日本初の女性の伝道者養成のための聖書学校を始めた。
これが神戸女子神学校の起源であり、後の聖和大学は、この年を創立の年とした。
81年、聖書学校は中断を余儀なくされたが、84年11月、2人は中山手通6丁目番外1、通称59番において、神戸女子伝道学校として再開した。
この学校は後に神戸女子神学校と称せられるようになった。

 ダッドレーは、学校で教える傍ら神戸、兵庫、三田、明石のみならず、四国、中国地方を訪問し伝道。
学校では旧約聖書を担当した。
1900年、健康上の理由から帰国の途につき、南カリフォルニアのラホヤで数年間の余生を過ごし、06年7月、心不全のため永眠。
故郷に眠る両親のそばに埋葬された。

 ダッドレーは、真摯な精神を内に秘め、明るく快活で、親しみやすく、よく話しよく笑った。
生徒、卒業生、学校、教会を愛し、多くの人たちをキリストに導いた。
著書に『聖書史記問答』(1877、1879)、『安息日学校問答集』(1878)、『育幼艸』(1880)他がある。

【文献】今泉真幸編『天上之友』1915;『神戸女学院百年史』(総説)1976;竹中正夫『ゆくてはるかに:神戸女子神学校物語』2000