関西学院構内古墳(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

関西学院構内古墳

関西学院構内古墳

関西学院構内古墳

関西学院のある上ケ原には、6、7世紀ごろの古墳時代後期の古墳群が分布しており、1935年と59年の2回にわたり調査が行われた。
1回目の調査は、大学予科教員で日本史、考古学を専攻していた武藤誠を中心に、予科教員であった柏倉亮吉、児玉国之進や学生らの協力を得て行われ、その記録は大学予科発行の『甲陵』(1935年11月)に掲載されている。
2回目は西宮市史編纂事業の一つとして、文学部教授に移籍していた武藤誠を中心に文学部史学科学生の協力を得て行われた。
社会学部の西北角で旧馬術部厩舎横にある古墳は横穴式石室をもつ円墳で、もち送りの技法(側壁を築く際、石材を内側にせり出して積み上げる手法)で作られ、石材は仁川渓谷の花崗岩であった。
調査の際、金環など装飾品、武具、馬具、須恵器などが発掘された。
なお、この遺跡は1974年3月に「西宮市指定文化財」に登録された。

【文献】武藤誠『母校通信』(64)1980;長尾文雄「古墳」『関西学院広報』(143)1991.1.30