関西学院教会(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

関西学院教会

 1910年、カナダ・メソヂスト教会の関西学院経営への共同参加に伴い、関西学院全体が質量ともに飛躍的な発展を遂げ、その過程で、学院内の宗教活動を幅広く推進・展開する拠点の必要性が次第に高まり、15年、原田の森に関西学院教会が設立された。
初代牧師には小野善太郎が礼拝主事を兼務して就任した。
29年、学院の上ケ原移転に伴い、宗教館(現、吉岡記念館)2階の礼拝堂で日曜礼拝を守るようになった。
学院の礼拝主事が教会の牧師を兼務し、初代の小野善太郎以降、堀峰橘、松下績雄、松本益吉、柳原正義、亀徳一男と続く。
そして第7代の釘宮辰生は、41年に日本メソヂスト教会が日本基督教団に合同されるに伴い、教会の牧師と礼拝主事とに機能的な区別が設けられたため、教会専従牧師の身分に変更されている。
戦争の激化に伴い、43年以降は牧師館で細々と礼拝を守る状況であった。

 戦争直後は閉鎖されていた神学部チャペルで礼拝を守っていたが、戦後のキリスト教ブームもあり礼拝出席者が急増するのに伴い、戦前にも論議された教会堂建築の夢が新たに浮上し、関西学院教会は1957年に地域の教会として現在の地、上甲東園に独立して移ることになる。
ここに関西学院教会は、関西学院全体のキリスト教活動において大切な役割を担ってきた歴史に一つの区切りをつけ、学院との深い関係を保ちつつ地域に広く開かれた教会として新しく出発したのである。

【参照】Ⅰ 400;Ⅱ 325【文献】『関西学院教会80年史』2000