学生会(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

学生会

 1912年6月、神学部と高等学部からなる専門学校学生会として関西学院専門学生会(後の専門部学生会)が発足した。
宗教部、学芸部、運動部、音楽会を開催する社交部(後の文化総部)の4部からなっていたが、商科の学生の急増もあって、17年3月から両学部の学生会に分かれた。
そして上ケ原移転により29年度から再び専門学校全体の学生会となった。
学生会が分離し再合同する大正から昭和にかけては、学院のスポーツや文化活動が花咲き、全学が上ケ原移転、大学昇格へと高揚している時期であった。

 1932年、大学予科開設とともに予科生も学生会に加入し、33年には新校歌「空の翼」(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)を制定した。
翌34年の大学学部開設で学部生も学生会に参加し、37年に学生会は『関西学院学生会二十五年抄史』を発行した。

 しかしこの年、日中戦争が始まり、国際情勢も悪化し、戦時体制強化の中で1941年2月、学生会は文部省の指令に従って報国団に改組され、同年9月、訓令により報国団内に軍隊組織の報国隊が結成され、防空訓練活動に出動した。
41年12月、太平洋戦争勃発。
45年8月の終戦により11月に報国団は解散し、学生会が再結成された。

 1948年の新制大学発足による学生数の増加に伴って、58年に学生会は学生会館建設の理事会決定を取り付け、59年には学生、教職員を組合員とする生活協同組合の結成を実現した。
しかし、大学生全員が加入する学生会は、学費値上げ反対運動に始まる68年からの大学紛争で学部自治会が次々に崩壊した。
最高執行機関の全学執行委員会(学生会本部)不在の状況下で、かつての学生会が公認していた体育会・文化総部・新聞総部・宗教総部・総部放送局・応援団総部、および法学部学生自治会傘下団体、商学部商学会研究会委員会傘下団体、登録団体(大学に登録している同好会)と73年11月に再建された法学部学生自治会と2009年に再建された神学部学生会が活動を続けている。


【参照】Ⅰ 360,457,473,530,605;Ⅱ 41,273,457