原田脩一(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

原田脩一

はらだしゅういち

1893.2.20~1957.10.27

原田脩一

原田脩一

商経学部長、専門学校長。
岡山県浅口郡里庄村出身。
1921年、関西学院高等商業学部卒業後アメリカ州立インディアナ大学、コロンビア大学に留学、日本の労働問題をテーマにPh.D.を得て、高等商業学部教授に迎えられる。
34年の旧制大学設立時に商経学部教授となり、神崎驥一学部長が院長に就任後の40年に関西学院商経学部長となる。
44年、商経学部学生募集停止で、専門学校政経科長となる。
戦後、神崎院長の新体制の下で、経済学部教授として院長を補佐するために設けられた学監に就任し、専門学校長も兼任した。

中村賢二郎初代総務部長が定年退職したのち、1947年には総務部長に就任。
一時健康上の理由で総務部長を丹羽俊彦財務部長が兼任したが、学監制廃止後、再び総務部長に就任。
その間、経済学部から分離した商学部の教授として同教授となり、現職のまま57年に死去した。
戦後の神崎院長時代から、小宮孝院長による新体制になるまで、財務の丹羽、総務の原田の二本柱は、学院経営の中枢として各院長を支えた。

【参照】Ⅱ 37,66【文献】『関西学院大学経済学部五十年史』1984