ヒルバーン,S.M.(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

ヒルバーン,S.M.

Hilburn,Samuel Milton

1898.10.6~1976.3.27

ヒルバーン,S.M.

ヒルバーン,S.M.

 文学部・社会学部教授、アメリカ・南メソヂスト監督教会宣教師。
メソジスト教会牧師の子としてアメリカ・テキサス州に生まれる。
南メソジスト大学でM.A.、その後シカゴ大学でPh.D.を取得。
1923年11月に来日して神戸に赴任、広島女学校での働きを経て、26年に関西学院に着任。
この時期、失業者救済のためのフレンド社を尼崎市に設立している。
41年に一時帰国し、53年に再来日、青山学院、東京神学大学で活動したあと、56年に関西学院宣教師、大学文学部教授として再着任。
60年4月、社会学部開設とともに社会学部教授となった。

 農学部を設立して日本の農村部への伝道などの基盤を整備するため、当時関西学院が新たに取得した千刈地区校地に農場開設を提案、1962年、農村教育実習場(関西学院農村センター)の設置が決定された。
その資金調達のために帰米して300万ドルの募金を集めた。
同実習場が正式に開設されると実習場長に就任、定年で帰国する66年までその任に当たった。
帰国後はカリフォルニア州クレアモントのピルグリム・プレイスで過ごした。

 著書に、広島女学院初代校長の伝記Gaines sensei:missionary to Hiroshima(1936)(『ゲーンズ先生』佐々木翠訳、2002)などがあり、The Daily Mainichi Newsに英詩を投稿するなどした。

【参照】Ⅱ 281