政尾籐吉(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

政尾籐吉

まさおとうきち

明治3<1870>.11.17~1921.8.11

シャム(タイ)政府法律顧問。
愛媛県大洲に生まれる。
1887年12月大洲教会宣教師J.B.ハーストより受洗。
大阪のミッションスクール、慶應義塾普通部、東京専門学校英語普通科で学んで後、S.H.ウェンライトの影響を受け、1890年関西学院神学部に入学。
91年にヴァンダビルト大学に留学し、93年神学コース修了証明書を取得。
同年ヴァージニア州立大学ロー・スクールに入学。
95年に卒業し、同年イェール大学ロー・スクール入学、96年、LL.M.を得て連邦政府弁護士免許取得、97年D.C.L.を取得。

1897年7月帰国し、Japan Times主筆代理。
10月に外務省の委嘱によりシャム政府法律顧問。
1903年「暹羅古代法ニ関スル研究」(英文)で法学博士取得。
1915年 衆議院議員。
1920年特命全権公使としてシャム駐箚となり、赴任先のバンコクで客死。

 チュラロンコン王はタイの近代化を推進するために法制の整備を行い、その一環としてフランスやイギリスの法律家とともに、政尾を雇用した。

【文献】政尾隆二郎『政尾藤吉追悼録』1922;『関西学院史記要』(11)2005;香川孝三『政尾藤吉:法制整備支援国際協力の先駆者』2002