松沢兼人(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

松沢兼人

まつざわかねんど

1898.1.10~1984.5.23

松沢兼人

松沢兼人

文学部教授、政治家。
通称「けんじん」。
新潟市に生まれる。
1915年、第七高等学校入学、在学中に鹿児島のメソヂスト教会で受洗。
18年、東京帝国大学法学部に入学、在学中、吉野作造の研究室仲間と新人会を結成、またYMCA運動にも参加、C.J.L.ベーツが働いていた本郷にある中央会堂にも通った。
卒業後、賀川豊彦の要請で大阪労働学校の創立に参加。
21年に関西学院文学部に着任、専任講師から24年に文学部教授となり、河上丈太郎や新明正道とともに社会学科で経済学や社会事業などを講じ、社会主義的人道主義の立場から教育に当たった。
28年、衆議院選で河上を応援。
29年に神戸市会議員に当選、続いて兵庫県会議員を務める。
その間も学院各部の教壇に立つが、44年、戦時非常措置による全教職員の辞表提出の要請に際して学院を退職。
戦後は日本社会党に属し衆議院議員、参議院議員を務めた。

【参照】Ⅰ 368,371,397【文献】「社会科の思い出」『関西学院七十年史』1959;松沢兼人『私の現代縦走〈わが生活と活動の記録2〉』1964