メソヂスト監督教会(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

メソヂスト監督教会

Methodist Episcopal Church(MEC)

 ジャパン・ミッションに参加したアメリカ・メソヂスト監督教会。
1873年、切支丹禁制の高札撤去と時を同じくしてメソヂスト派最初の日本伝道の門を開いた。
明治時代の在日教会の公称は「美以教会」。
これは中国清代の英語読み略称のMEに当て字した表記であるが、明治20年代以降「メソヂスト」と併用され、やがて後者に統一された。
函館、東京、長崎などを伝道の拠点とし、現在の遺愛学院、弘前学院、東奥義塾、青山学院、福岡女学院、活水学院、鎮西学院などのミッション・スクールを開設した。

 1939年に奴隷問題をめぐる対立から分裂していたアメリカ・南メソヂスト監督教会と再合同、さらに68年、他のメソジスト諸教会と一体化し、今日の合同メソジスト教会を形づくっている。

【参照】Ⅰ 35-37