鵜崎庚午郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

鵜崎庚午郎

うざきこうごろう

明治3<1870>.3.17~1930.4.3

鵜崎庚午郎

鵜崎庚午郎

日本メソヂスト教会第3代監督。
姫路藩士の家に生まれる。
1886年、小学校補助教員時代にパルモア学院に通い、翌年W.R.ランバスの感化によって受洗。
アメリカ・南メソヂスト監督教会の初穂となり、88年、東京青山のフィランデル・スミス・メソヂスト一致神学校に入学したが、翌年神戸に創設された関西学院神学部に移籍し、91年、第1期生として卒業。
神戸美以教会、大阪東部(現、東梅田)教会で伝道・牧会に当たった後、アメリカ・ヴァンダビルト大学に留学。
1901年に帰国して京都教会在任中、第三高等学校教授を兼任、関西学院神学部では実践神学の講義を担当した。
07年、メソヂスト教会の3派合同後上京、教会機関紙『護教』の主筆、伝道局長、青山学院神学部教授、鎮西学院院長を歴任し、19年、日本メソヂスト教会第3代監督に推挙され、3期務める。
その間、日本基督教会同盟会長など要職を担い、わが国におけるキリスト教界の指導者、スポークスマンとして国際舞台でも活躍した。

【参照】Ⅰ 145,151