ヴォーリズ,W.M.(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

ヴォーリズ,W.M.

Vories,William Merrel

1880.10.28~1964.5.7

ヴォーリズ,W.M.

ヴォーリズ,W.M.

理事、建築家。
アメリカ・カンザス州に生まれる。
コロラド・カレッジ卒業。
1902年にカナダ・トロントでの海外学生伝道奉仕団総会に出席して海外宣教への決意を固め、YMCAの紹介により1905年2月に来日、近江八幡商業高校で教鞭を取った。
しかしその熱心なキリスト教宣教活動のため解職、自給宣教師としての働きを開始した。
その基盤として近江ミッション(後の近江兄弟社)を設立、メンソレータムなどの医薬品の製造販売、近江兄弟社学園を通じての教育事業など多方面の事業を展開した。

 1908年、ヴォーリズは建築設計監督事務所を開き、いわゆるアマチュア建築家としての活動をはじめている。
その2年後、アメリカ人建築技師L.G.チェーピンを加えてヴォーリズ合名会社(後のW.M.ヴォーリズ建築事務所)を設立した。

 関西学院との関わりは、来日直後に原田の森のキャンパスで開かれた学生YMCAの会合が最初であったが、1910年、17年の建築基本計画に従って神学館、普通学部、文学部、高等商業学部、中央講堂、さらにハミル館など主要な校舎を設計、建築した。
上ケ原移転に際しては、甲山山頂と時計台、中央芝生、正門、そしてキャンパス前に広がる芝川農園を抜ける道路を結ぶ直線をはさんでほぼ対称的に配置されるキャンパスの全体設計、またスパニッシュ・ミッション・スタイルを基調とする各校舎のデザインなど、現在の関西学院の景観の基本を定めた。

 1941年に日本に帰化し一柳米来留と改名。
ほかに同志社、神戸女学院などの学校建築、大阪教会、旧神戸ユニオン教会などの教会建築、大阪大丸心斎橋店などの商業建築、さらに個人の住宅なども手がけている。
著書に『吾家の設計』(1923)、『吾家の設備』(1924)、『失敗者の自叙伝』(1960)など。

【参照】Ⅰ 304,447【文献】山田プランニング編『「日本人を越えたニホンジン」ウィリアム・メレル・ヴォーリズ』写真集 1998