研究科長メッセージ

[ 編集者:大学院 司法研究科       2017年4月27日   更新  ]

img(研究科長)

司法研究科長 永田 秀樹


関学ロースクールは、2004年度に設立され、2016年度で13年目を迎えました。これまでの10回の司法試験ですでに309人の合格者を出し、法曹界に確固たる地歩を築いています。
カルガモが巣立ち、カワセミが遊びに来る美しい西宮上ケ原キャンパスで、あなたが理想とする法曹像を志高く描いて、法曹への道を歩みませんか。

優れた研究者教員と経験豊かな実務家教員とがバランスよく配置される特色ある教員体制、1クラス最大10名程度の演習や実務の科目を中心にした少人数教育の徹底、1年生から研修員(※)まで全員に保障される個人専用キャレル(自習机)、個人指導を含む丁寧な勉学指導と、教員と学生との距離の近さには定評があります。就職支援も細やかです。

また、本学を修了した弁護士や上級生による学習支援・生活相談は、教えつつ学ぶ良き気風を作り出しています。学生代表と教員が率直に語り合う場を設けているのも良き特徴です。
教員の胸を存分に借りて勉学に励んでください。
あなたも、関学ロースクールの良さを堪能してください。

(※)研修員制度:本学司法研究科を修了後、本学の教育研究施設を利用し一定期間(5年以内)勉学を継続する制度です。

(2016年度修了式式辞)

ご卒業おめでとうございます。

卒業は業を卒(終)えると書きますが、この数年間の試練は、叡僧(比叡山の僧侶)の
千日回峰にも似た苦しみだったかもしれません。急勾配の悪路に難渋した時もあったでし
ょう。その修業を卒えて今、みなさんは、法務博士として見晴らしの良い峰の上に立つこ
とができました。ロースクール修了の厳しさは、日本の高等教育において例を見ないも
のです。みなさんと同期に入学した人のうちの少なからぬ者が、途中で下山したり、中腹
で逡巡し、いまだ、この峰に辿り着いていないことを見てもわかります。

今日、みなさんが手にする法務博士に対する社会の評価は年とともに高まりつつありま
す。法務博士であることに誇りを持って今後の人生を切り開いて行ってほしいと願います
が、2ヶ月後には、司法試験というもうひとつの高い峰がみなさんを待ちかまえています。
あきらめず、逃げず、目標を先送りすることなく、ここまで走り続けてきた自分の力を信
じて力を尽くせば、第2の高峰も踏破できます。正規の授業やゼミであるいは課外の授業
でみなさんを指導し支援してきた私たち教員はそのことを保証します。

ある未来学者の予測によると、人工知能の進化によって多くの職業がロボットにとって
代わられる時代が来て、法律家もお払い箱になるそうです。同じ予測では医者は生き残る
そうです。私は医者の検査や診断、あるいは治療がロボットにとって変わられることがあ
っても、法律家の職能が人口知能に任せられる時代は来ないと思います。ロースクールで
学んだみなさんはおわかりだと思いますが、法律の解釈は機械的に決まるものではありま
せん。過去の判例があれば答えが見つかるというものでもありません。社会の変化ととも
に新しいタイプの紛争が発生し、新しい法律やルールが必要になります。AIの絡む紛争
がこれから増えることが予想されますが、それをAIは解決できるでしょうか。

ロースクール制度が導入されて10数年が経ちました。法を社会の隅々にまで行き渡らせ、
暴力ではなく法と正義によって紛争を解決する、そのような法の支配する社会を建設する
という課題は道半ばです。

いま、世界では法の支配ではなく「人の支配」への逆行ではないかと思われるような憂
うべき事態が進行しています。あらかじめ立てたルールに基づいて事案を処理するのでは
なく、権力者のよこしまな要求や欲望を実現するためにルールを作り変えたり、解釈をね
じ曲げたりする。新しいルールが必要になったときにも、法の一般性、普遍性に反して、
特区や特別措置、あるいは特例法で対応する。これは、人類の叡智の所産である法の支配
に反しています。

韓国では憲法裁判所が権力の濫用を戒める判断をして、法の支配が健在であることを示
しました。アメリカでも大統領令に対して、裁判所が一定の歯止めをかけました。
言うまでもなく法の支配の頂点には憲法があります。暴力や数の力ではなく、自由や平
等、平和といった価値を優先して問題に取り組むことが、健全な民主主義においては必要
であり、司法にはそのための重要な役割が課せられています。

もちろん、日々の生活において救いを求めている人々に寄り添い、法に基づく適切な処
方箋を示して人々の苦しみを取り除くことが、マスタリーフォーサービスの実践であり、
法律家としてやりがいのある誇らしい仕事であることはいうまでもありませんが、法の支
配を社会に根付かせるためには、権力を抑制し、暴走する政治を法に従わせることも重要
であり、それも法律家の使命であることを忘れないでいただきたいと思います。

それでは、最後にマスタリーフォーサービスという高邁な理想が法曹界で実現できるよ
うに残りの2ヶ月を全力で走り抜いてください。勉強面で不安が生じたりしたときはいつ
でも私たち教員のところに相談に来てください。

(2017年度入学式式辞)

新月池の染井吉野が咲き始めました。雨が上がり、鳥たちが喜びに満ちた声で相聞歌を歌っています。自然豊かな関学ロースクールにご入学されたみなさんおめでとうございます。司法研究科を代表して心から歓迎の意を表したいと思います。

関西学院大学の司法研究科は、法科大学院制度が発足した2004年に開設され、今年で14年目の春を迎えました。この学び舎から育った司法試験合格者は324人にのぼります。法務博士の資格を持った修了生が、弁護士や検事として、あるいは法務担当の公務員や企業法務の専門家として活躍しています。

多くの弁護士会で、ロースクール出身者が半数を占めるに至ったとはいうものの、ロースクール制度は、始まってすぐに激しい逆風に見舞われ、74校あったロースクールのうちすでに30校以上が募集停止や閉校に追い込まれました。みなさんも、法科大学院への進学を決意するに当たり、進路選択はこれでいいかと悩まれたのではないかと思います。

文科省は全国の定員を2500人にするという目標をほぼ達成したので、今後は定員削減は求めず、教育の質の向上を図って司法試験の合格率を上げて行きたいとしています。関学ロースクールも過酷な生き残り競争の結果、入学定員を30人にまで縮小せざるをえませんでしたが、小規模ロースクールの長所である、学生あたりの教員数の多さを生かして、(今日の先生がたの顔ぶれを見てください)一人ひとりの成長をしっかりと見守り、スクールモットーであるマスタリー・フォア・サービスを体現できる法律家を輩出していきたいと考えています。

今、世界は混沌としています。誰もこれを整然とした秩序ある世界として説明することができなくなっています。地球の支配者である人類は、科学文明の夢に突き動かされて、アクセルを踏み続けています。しかし、その行き着く先はだれもわからない。人間のコントロールできない世界が待ち受けているのではないかと、多くの人が不安になっています。

人間の価値観も揺らいでいます。他人への敵視や戦争は悪であり、寛容や平和が善であるという価値観も危うくなってきました。道徳教育もおかしくなっていると私は感じます。

最近、私はユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史学者の書いた『サピエンス全史』という本を読みました。歴史書でありながら、「人間とはなにか」というすべての学問に通じる哲学的な問いに正面から向き合って答えようとしていることに感銘を受けました。最先端の遺伝子生物学や、自然人類学、原子物理学、医学、コンピューターサイエンスまで取り込んで深い分析と洞察を加えていて、どの頁も知的刺激に満ちており、飽きることなく読み通しました。

スケールの大きな叙事詩であるという点では間違いなく過去のすぐれた歴史書と同様ですが、注目すべきは、人類の繁栄と発展が、個人の人生に即してみたときに幸せをもたらしているかという問いを読者に投げかけていることです。たとえば、狩猟採集の生活から農耕生活に移ったとき、農民になった人間は幸せだったかと問いかけます。また、農民が産業革命によって昼も夜も働く労働者になったとき、その人は幸せになったかと問いかけます。郵便がE メールに変わって便利になったが、それを使う人間は幸せかと問います。歴史学者が個人の幸福を中心のテーマに据えたことに驚くとともに、どの学問も専門領域を超えた哲学的テーマに取り組まざるをえない時代に入っているということを改めて思いました。

さて、古来より学問・芸術は真・善・美の探求に努めてきましたが、法学という学問は、もとより真理というよりは、善や正義を追求する学問でした。近代においては個人の幸福を実現することが法の目的であると言っていいでしょう。

幸福追求の権利は、憲法にも登場します。しかし、現在の日本という時空の限定を加えても、何が個人の幸福をもたらすか、逆に何が個人の幸福を脅かすかは自明のことではありません。一昨年の安保法制の議論においては幸福追求の権利を根底的に覆すものは何かをめぐって厳しい憲法解釈の対立が見られました。

先ほど挙げた『サピエンス全史』では、人間の幸福だけでなく地球上の野生動物や家畜の幸福まで問題にしています。法律学でも、最近になって動物の権利や自然の権利について論じられるようになってきましたが、法律の基礎を学んだら、環境法など先端領域にも目を向けてほしいと思います。その場合の法律の勉強は、狭義の解釈技術だけでなく、他の学問分野についての幅広い知識も必要になります。そうでなくても、法律の解釈には視野の広さと柔軟な思考が必要だということは肝に銘じておいてください。法を用いて紛争を処理し、解決するとはいえ、法律ではこうなっていますと繰り返すだけでは人は納得しないこともあります。人間の心理や行動について日頃からよく観察し、よく知ることが法律家には求められます。私は自然や動物の観察も人間を知るのに役に立つと考えています。分野は違いますが『バカの壁』を著された養老孟司さんも同じようなことを言っておられます。

次に法律を学校で学ぶということの意義について述べます。
法律の勉強は、新しい外国語の習得と同じように忍耐を必要とします。記憶すべき概念や知識は膨大な量にのぼります。記憶を自分の脳に定着させるためには、特別に記憶力のすぐれた人を除き、覚えては忘れ、忘れては覚えを繰り返さなければなりません。(効率的な記憶方法については4日の花本先生の講演を聴いてください。)この作業は、辛抱強い人でないと耐えられませんが、しかし、ドンキホーテのように孤独の戦いを挑むわけではありません。授業で、あるいはキャレルで一緒に集まって競いあう、同じ道を目指す仲間がいます。自信を喪失し、くじけてしまいそうになったときに、仲間の支えと励ましによって困難を乗り越えることができたという経験を語る修了生は多いです。ここにロースクールの意義があります。

入学前教育ですでに、教員や先輩と親しくなった人も多いと思います。気楽に相談できる相手を早く見つけてください。人間は外見ではわかりません。無愛想に見える教員や先輩のほうが親切だったりします。また、あいつには負けられないという良いライバルを見つけてください。人間関係を学べるのもロースクールの良いところです。ここで作られた濃密な人間関係は、将来、みなさんの宝となるでしょう。

関学ロースクールの同窓会は非常に活発で、互いの情報交換を行うだけでなく、内部に企業法務部会や公務員部会が組織されています。先生も交えた研究会も盛んに行われています。これもプロセスとしての教育だからこそ、可能になっているのです。その意味でもこの2年間、3年間は大切にしてください。

とくに、未修者の人に向けて言いたいことがあります。ロースクール制度の本来の設計では3年間が標準年限です。文科省は、修了後1年目の合格者が少ないのでもっと期間を伸ばしたらどうかというようなことを検討し始めていますが、最初の1年をとくに大事にしてください。基礎固めがしっかりしていてこそ応用する力も生まれます。基礎のないところにばらばらの知識を寄せ集めても砂上の楼閣にしかなりません。関西の私大の中では関学ロースクールの未修者の合格率は比較的高いです。3年間はあっという間です。関学ロースクールの基礎教育を信頼して、あせらず、しかし着実に階段を上っていただきたいと思います。既修者の人も、基礎力が足りないと感じている人は、1年生の授業の聴講をおすすめします。

みなさんが、法をマスターし、人々に法を伝え、法の支配を社会に根付かせる、誇りある法律家としてりっぱに育って行かれることを期待して、今日のめでたい日の式辞といたします。

関西学院大学大学院司法研究科長 永田秀樹


(新月池のカルガモをよく観察してください。この時期、運が良ければカルガモが恋ダンスを踊っているところが見られます。)