2019.12.06.
講話会を開催しました

司会の松岡センター長

司会の松岡センター長

 去る11月16日(土)に梅田センタービルで、12月1日(日)にステーションコンファレンス池袋で、2019年度講話会を開催しました。
関西と関東合わせて、100名を超える方々にお越しいただきました。

開会の挨拶 森本センター副長

開会の挨拶 森本センター副長

今回のテーマは「言語の多様性」です。「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉はよく聞かれるようになった昨今ですが、日本にいる大多数が、「日本という島国に生まれ、日本語を母語とする両親の元に生まれた聞こえる人」であることを考えると、言語に対する「多様性」については、なかなか意識を向ける機会が少ないのではないかと思います。
そこで講話会では、社会言語学者のジョン C. マーハ氏(国際基督教大学)および、ろう者で弁護士である田門浩氏を講師に迎え、それぞれご講演をいただき、そしてフロアからの質疑応答も含めた対談を行ないました。

「手話言語とは –On Sign Language」ジョン・C.マーハ先生

「手話言語とは –On Sign Language」ジョン・C.マーハ先生

まずはマーハ氏による講演、題して「手話言語とは –On Sign Language」です。
マーハ氏が初めて日本に移り住まれた時、学生があまりにも「言語の多様性」について無頓着で、手話についても何も知らないという事実に驚かれたそうです。
ヨーロッパなどの国では、国勢調査の中に「言語」に関する質問がここ2,30年で増えているのに対し、日本の国勢調査には言語に関する質問が一切なく(2015年現在)、そもそもそこから、国内における言語使用に対する意識が薄いことを強調されていました。

講演では言語についてのクイズシートが用意されていて、それに基づいて参加者一人一人が、自分の言語について見つめなおしディスカッションをする時間も設けられました。

例えば、
・あなたの言語は語彙と文法がありますか?
・あなたの言語は多様性を持ちますか?(方言、職業による言葉遣い、敬語など)
・あなたの言語は自己意識を形成しますか?
などです。

「言語とは何か」について、人の言語と動物のコミュニケーションシステムとの違いや、方言などの例を取り上げて分かりやすくお話しいただきましたが、その中でも、単民族国家という意識が高い私たち日本人にとって、「言語は民族性や宗教に限定されない(例:イスラエル手話は、アラブ人もユダヤ人も使用する)」、「言語はある集団の持ち物ではなく、社会の共通財産である(例:日本語は日本人のものだけではないし、手話言語はろう社会だけのものではない)」というご指摘は、認識を新たにするよい機会になったのではないでしょうか。

様々な言語が社会に認知されるために、「マイノリティ言語」という言葉は使わず、”lesser-known language (あまり知られていない言語)”と呼ぶようになった欧州連合(EU)。
日本社会にある様々な言語を可視化することが、言語の平等性を築く第一歩になるであろうという気付きを与えてくださった講演でした。

「言語としての手話の認知 過去・現在・未来」田門浩先生

「言語としての手話の認知 過去・現在・未来」田門浩先生

続いては、田門氏による講演、題して「言語としての手話の認知 過去・現在・未来」です。「全日本ろうあ連盟手話言語法案に関する5つのポイント」、「ろう者のアイデンティティ」、「ろう社会」が講演の主なポイントでした。そして、この3つのポイントは密接に関係していることが伺えました。
田門氏によると、手話言語法が必要であると考える最大の意義は、「全ての聴こえない人、つまり、生まれつき手話を身につけた人も、成人してから手話と出会った人も、人工内耳を装用しているろう者もそうでないろう者も、言語的アイデンティティが尊重され、権利が認められる必要がある」ということです。

また、言語学者の Carol Padden 氏が述べるように、ろう社会の中には様々な文化グループが存在し、言語も多種多様であると考える方が、むしろ妥当ではないかということでした。
上記から、聴者もろう社会の一員であると考えると、ろう社会とはそもそも多言語社会ということになり、日本社会全体の多言語社会化を目指すのであれば、ろう社会の多言語社会化も進めるべきではないか、と述べられました。

ただし、その前提として日本手話言語が尊重されなければならず、ろう教育においても日本手話言語の文法をきちんと指導することが求められる、ということを強調されたうえで、「手話か手話言語か」「自然言語か人工言語か」「日本手話言語と日本語対応手話は区別すべきか」という事について、今後実質的な議論が必要であるということで講演を締めくくられました。

マーハ氏の「言語は社会の共通財産」という概念、田門氏の「ろう社会はそもそも多言語社会である」という概念が、「言語の多様性」を考えるキーワードとなるのではないかと思いました。

参加者からのアンケートを一部紹介します。
・アイデンティティそのものについて深く考えることや話を聞くことがあまりなかったので、勉強になり、良かった。
・「言語の共有」という概念、人類共有の財産、限られた者だけの財産ではないというお話がとても印象に残っています。新たな視点をいただいたように思いました。
・法の仕組みの考え方、大いに参考になりました。
・ろう学校、教育のありかた、手話の認知がもっと広まってほしいと思いました。

対談の様子

対談の様子

続いては、マーハ先生、田門先生による対談です。関西と関東、どちらもフロアからご質問・ご意見をいただき、講師のお2人がそれに答えながらディスカッションをするという流れでした。

様々なご質問がありましたが、やはり皆さんが関心を持たれた一番のテーマが「アイデンティティ」「母語」「第一言語」ではないかと思います。
マーハ氏も田門氏も上記に関しては共通の認識を持っておられ、
アイデンティティとは様々な要素(例:生まれた町、宗教など)で作られるものであって、国が決めるのではない、むしろ自分のアイデンティティは自分で決めることができる、ということを強調されていました。

そして、人工内耳手術を受けたお子様をお持ちの保護者から「音声で育てるのか、手話で育てるのか、と医者から言われたが、なぜどちらか一方を選ばなければならないのかと疑問に思った」というコメントに対し、マーハ氏、田門氏それぞれに、
「自分の言語は他人が決めるものではない。自分で決めていい」「母語はいくつあっても良いし、仮に話せなくても自分が母語と思うのならそれが母語である」というお答えをされていました。
アイデンティティや母語の問題は、多言語環境のもとに生まれ、またマジョリティ言語に常に囲まれている状況下におられるお2人には、身をもって感じられることなのかもしれません。

また、「本当に手話言語法は必要なのか」というご意見もありました。現在の日本の状況(ろう学校教員が手話学習をする機会が限られている、ろう児の言語獲得支援やろう児を持つ親の手話学習支援の整備が不十分である、など)を考えると「とりあえず法律だけ作っても意味がないのでは」という見解に対し、田門氏は、講演でもテーマとなった「学習指導要領」を例に挙げ、
「様々な立場の人の要望を一度に叶える学習指導要領を作ることは難しく、ボトムアップ方式では限界がある。むしろ、トップダウン方式で、法律を先に作り、それを手掛かりとして学習指導要領を作るという方向も考えられるのではないか」とご自身の見解を述べられました。

多言語社会のあり方、またそれを保障するような法律を制定すべきか否か、という議論を通して、これからの我が国における「言語政策」「言語教育」の課題が浮き彫りになったような気がしました。

関西・関東共にこうしたフロアからの積極的なご発言のおかげで、活発な対談の時間を持つことができたと思います。

閉会の挨拶

閉会の挨拶

講話会にお越しくださいました皆様、本当にありがとうございました。
また、情報保障をご担当いただきました、英日通訳の皆様、ろう通訳の皆様、読み取り通訳の皆様、文字通訳の皆様、ありがとうございました。

当センターでは、今回の講話会の報告書を作成し、発行する予定ですので、詳細はそちらをお読みいただければと思います(報告書は完成次第当センターホームページやSNS等でお知らせいたします)。

当センターの今年度のイベントはこれにて全て終了いたしました。来年度も様々な内容をお届けすべく、只今準備をしておりますので、これからも当センターHPやSNSでの情報をチェックしていただけましたら幸いです。
今年もあと僅かになりました。良いクリスマスと新年をお迎えください。