カレッジソング“Old Kwansei”~ 校歌「空の翼」

[ 編集者:吉岡記念館       2019年7月17日 更新  ]
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"OLD KWANSEI"の楽譜

大学開設をめざした関西学院は、将来の発展にそなえて、1929年 3月、神戸の東郊・原田の森から西宮の上ケ原に移転した。そして32年 3月、待望の関西学院大学の設立が認可され、4月には大学予科が開設された。10余年にわたる学生会の大学昇格運動や教職員・宣教師たちの熱意と努力がようやくここに結実したのであった。

上ケ原の新しい空気は新しい校歌作成の気運を生んだ。当時は英語の歌詞による“Old Kwansei”が校歌として歌われていた。1900年に初めて歌われたというから、日本の大学の校歌のうちでももっとも古いものに属する。格調の高い調べと重厚なハーモニーをもつこの歌は、しかし、アメリカ東部の名門校プリンストン大学のカレッジ・ソング“Old Nassau”(H.P.Peck作詞、K.A.Langlotz作曲)の歌詞と旋律を一部改編したものであった。「我等の校歌を」と、新しい土地にふさわしい日本語の校歌を求めた33年度の学生会は、応援歌をかねた新校歌の作成を企画した。学生会長菅沼安人は、吉岡美国名誉院長の紹介状を携え、当時大阪に滞在していた日本の代表的な作曲家で学院同窓の山田耕筰を訪ね、校歌の作曲を委嘱し、同氏の推薦で詩人の北原白秋が作詞を引き受けた。

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空の翼/山田耕筰自筆楽譜

その年の初夏に、山田耕筰と北原白秋が関西学院を訪れた。中央講堂では、学生が万雷の拍手で2人を迎えた。この日は空が澄み、早くも生育したグラウンドのポプラが薫風に羽ばたき、緑の上ケ原の丘は光にみち、学生の顔は希望に輝いていた。詩人白秋は、緑の甲山を背景にした学舎の美しさ、きれいな水が校内を流れるキャンパスの風景をしきりに嘆賞したという。新校歌「空の翼」は 9月に完成し、作曲者の山田耕筰を関西学院に迎えて発表会が行われた。山田自らタクトを振って全学生の大合唱を指揮した。風、光、力、若さ!躍々たる自由の気が上ケ原のキャンパスにみなぎった。

その後創立50周年を記念して同窓由木康作詞、山田耕筰作曲の「緑濃き甲山(かぶと)」が作られ(1939年)、また60周年には英国の桂冠詩人ブランデン(E.Blunden)が寿岳文章教授の依頼により来学。“A Song for Kwansei”を作詞し(ブランデンが作詞を引き受けたのは、寿岳の高等学部時代の同級生曽根保との友情があったからと思われる)、山田耕筰が作曲した(1949年)。その他にも今日に至るまで数多くの応援歌、寮歌が作られている。(『関西学院事典』より抜粋一部改編)

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山田耕筰氏・北原白秋氏来訪、「空の翼」発表会の様子[高等商業学部第19回卒業記念アルバム,1934年]

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山田耕筰作曲の「空の翼」レコード[左]/近年、新入生に配付の校歌・応援歌を収録したテープ・CD[右]