第39回 「宣教の広がり -多様なミニストリーの中で-」

[ 編集者:神学部・神学研究科       2006年6月5日    更新  ]

2002年度教職セミナー報告 新制大学学部開設50周年記念

(2002年8月29日(木)~30日(金)関西学院千刈セミナーハウス)

(2002年8月29日(木)~30日(金)関西学院千刈セミナーハウス)

報告

協議

 今年の教職セミナーは、新制大学学部開設50周年記念事業の一環として、50年を振り返りながら、新たな地平を求めて開催されました。過去50年を振り返ってみますと、教会における牧師職の分野以外でも、キリストの宣教を担い、貴い働きをされている同窓が沢山おられます。それも神学部の特徴だと言えるでしょう。
 今回の教職セミナーでは、幼児教育・学校教育、海外宣教や社会活動など、各分野で宣教に携わっておられる方々から発題していただきました。発題後に、それに対するレスポンスをして、今日の神学的課題を共有する活発な話し合いがなされました。現代社会の中で共通の課題を共に担い、同じ土俵で議論をすること、また、現実の問題に関わる中からキリスト教の視点や価値観を変革していくことが、今日の宣教を考える際に重要だと話し合われました。
 閉会礼拝では中道基夫専任講師の司式で行われ、旅路の食物としてパンと水を分かち合い、それぞれの現場へと派遣されました。(礼拝の式文はこちら)

第39回教職セミナー閉会礼拝別ウィンドウで表示

発題者

発題

(発題要旨は、神学部報編集委員会のまとめ。発題内容は、2003年発行の『神学研究』特別号に掲載の予定です。)

(キリスト教教育)
 安久 実保氏(桃山学院高等学校聖書科講師)
 大藪 善次郎氏(日本基督教団東郷教会牧師、東郷信愛幼稚園園長)

(社会活動)
 秋山 仁氏(釜ヶ崎ディアコニアセンター・喜望の家)
 榎本 てる子氏(派遣エイズ・カウンセラー、日本基督教団京都教区バザールカフェ)

(海外宣教)
 鈴木 重正氏(日本基督教団名古屋中央教会牧師、元日本基督教団派遣在スイス宣教師)

(写真は左から、秋山、榎本、大藪、安久、鈴木の各氏)

発題要旨

安久

安久実保氏は、自身もキリスト教主義学校の出身であり、13年にわたるキリスト教主義学校での体験をふまえて発題されました。
 担当する学年の、1年間の授業内容を紹介した後、宗教教育の必要性について述べられました。誰もが持っている「自分の存在に対する根元的な問いを問わせ」、「生命を喜び、見えないものに目を向け、善にあこがれ、永遠を想う心を」育てて、「真理に目を向けさせる」ことが、宗教教育の目的だと考えておられます。高校生に伝わるためには、「ひらがなで話す」、つまり、専門用語ではなく、生活に密着した、しかも、自分自身の体験から選ばれた言葉で語ることが重要であると強調しておられます。
 近年、キリスト教主義学校においても、進学校として「成功」することが、学校経営の面からは強調されるようになっている。しかし、偏差値教育のプレッシャーを受けつづけて居場所を見つけられずにいる生徒たちに対して、建学の精神であるキリスト教の理念を伝えることが、今こそ求められていると述べられました。
 

大藪

 大藪善次郎氏の発題は、東郷信愛幼稚園での実践を中心に、幼児教育の在り方を問うものとなりました。
 幼児期において、子どもが両親との関係をしっかりと築くことが、その後の人格形成に重要であるとの信念を話されました。その中から、長時間、子どもを親から引き離すことになる保育園、また、保育園に子どもを預けざるを得なくする社会の問題を指摘すると共に、子育ての責任・労苦を追わないようにしようとする親の姿勢をも問われました。
 このような風潮に対して。弁当を持って来させることで、園児と保護者のつながりを大切にすると共に、食の大切さを保護者に対しても教育しているとのことでした。弁当の時間には、大藪氏も自分の弁当をもって、園児たちと共に食事をするという実践を話されました。親子関係を重視した幼稚園を運営しているとの主張は、刺激的なものでした。

秋山

 釜ヶ崎における喜望の家での働き、ことにアルコール依存者のためのプログラムを話されたのは、秋山仁氏。
 アルコール依存は、日本社会の矛盾を負わされた釜ヶ崎での、一つの問題の現れ方です。喜望の家では、食費・宿泊費を貸与して、依存症からの回復を促しているとのことです。同時に、グループカウンセリングや個人面談、絵画療法を行い、モチベーションを高めながら、自力での回復を援助するのが働きだと述べられました。
 その中から、キリスト教がどのような立場で「小さくされた者」と関わろうとしているのか、釜ヶ崎に生きる人を受け入れられるくらい教会は成熟しているのかという、厳しい問いを投げかけられました。教会の価値観を釜ヶ崎に持ち込むのではなく、教会の中で、釜ヶ崎から見える問題を考えることが、今日的な宣教の課題ではないかと問いかけておられます。個別の取り組みが、教会に対する問題提起とならず、「多様性」という言葉で一括りにされる危険も指摘されました。

榎本

 榎本てる子氏はまず、公立病院にエイズカウンセラーとして派遣されている経験を話されました。エイズは治療法の発展により、長期生存可能な病気となっています。しかし同時に、感染者は、副作用のある薬を使いながら生きていかざるを得ない生の意味を問うようになっているとのことです。エイズに感染したことで「罪意識」を持つことが多く、そこから超越的な存在への関心をもつことへと結びついている。そこに、牧師である榎本氏の働きの必要性があると考えておられます。
 エイズとの出会いを通して、キリスト教は制度化された宗教であることより、"spirituality"として、人間とは何かを考え、空間と時間を共に分かち合うようにならなければならないと考えるようになったと話しておられます。エイズを取り巻く諸問題は厳しく、教会にも無理解があるが、キリスト教の持つ資源を利用し、活用することが求められていると強調されました。
 また、日本基督教団京都教区の働きとして行われている「バザールカフェ」を紹介し、出会いの場所となることを願っていると話されました。

鈴木

 鈴木重正氏は、スイス・プロテスタント教会に日本基督教団から派遣された宣教師として6年間働き、最近帰国されました。
 スイスでは、教会の協力教師、日本語集会の担当、学校教育での宣教チームという3つの任務を与えられました。バランスの取れた働きが与えられた中でも、「世界の焦点」と名付けられた宣教チームは特筆に値します。これは、主に高校で、世界の今日的な問題を扱うものです。まとめ役のスイス人メンバーの他大半は、世界各地からの人々で、その国の人によって固有の問題を伝えると共に、外国人から見たスイス社会の問題をも教えます。
 これは、ヨーロッパのキリスト教は優れたものであり、優れたキリスト教文化を、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカに伝えるという宣教理解を逆転し、非キリスト教国の人々から学び、共に生きる中で課題を担うことを宣教とする新しい理解に基づいています。このような姿に、スイス教会の希望があると話されました。