社会学研究科のススメ_電子書籍版
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古ふる川かわ 彰あきら343.都市の水利用研究(ネパール映像民俗学研究オフィス=VFSO) もうひとつのサテライトはネパールの首都カトマンズに隣接する古都パタンにある。1990年にヒマラヤ8000メートル峰14座のひとつシシャパンマ登山の帰路にたちよったシェルパの村で水や森などの自然利用調査を続けてきた。残念なことに2000年に入るとネパールは激しい内戦状態となり、しばしばゲリラの爆破事件などがおこって暢気にフィールドワークをしているような状況ではなくなっていった。そこで、都市の水利用調査に重点を移すことにした。 2004年には大学院生らとともにネパール環境文化研究所(NECRI)を創設して共同研究を開始した。その研究所を拠点に関学院生もネパール調査を行い博士学位を取得している。 他方で現地の民俗写真家とともに水利用の調査をすすめ、2010年にはその最初の成果である『Jarunhiti』(Vajra Publications)をネパールで出版した。6世紀から使われてきたジャルン(旅人に供するために、朝一番に井戸から水を汲んで入れておく石の箱)などの生活のためのマテリアルもしくは生活遺産は撤去されたり階段に使われたりして遠からず失われると予測された。それはジャルンについてのはじめての研究でもあった。  2011年には映像民俗研究オフィス(VFSO)を共同でつくって本格的に世界遺産のなかで消えゆく生活遺産に特化した研究を再開した。同じ頃から水利用調査と並行して、パタンの道ばたに数多ある「穴」の調査を開始した。  ジャルンととともに、輪廻、現世と来世の交通を表象すると思われるこの「穴」もまた、世界遺産のための石畳の修復や車が脱輪するなど交通の邪魔になるとして急速に姿を消しつつあり、調査が急がれる。一昨年からは、王宮広場に接するアパートを借りて、世界遺産のなかで消えていく、生活のためのマテリアルもしくは生活遺産の記録、研究の拠点として、関学環境社会学研究室のネパールフィールド拠点として活用されている。  紹介した3つのサテライトは、それぞれの代表者とスタッフがフィールドの人びととともに研究する拠点であり、そこで暮らす人びと自身が自分たちの文化を研究するための足場となり、現地の人びとと来訪者の交流の場でもある。そしてそれらのサテライトと関学環境社会学研究室はつねにオンラインで同期するフィールドノートとデータベースで結ばれている。 研究・教育内容 院生時代から現在までおもに下記で紹介する3つの現地サテライトを拠点に研究を続けている。それらの研究は大学山岳部時代に培われたプロジェクトマネージメントの実践でもある。 1.村の日記研究(滋賀県高島市「村の日記」研究所) まだ大学院生だった1980年代のはじめに琵琶湖汚染にかかわる調査をした集落が知内(ちない)である。知内には、区有文書を納めた帳蔵(ちょうぐら)と名付けられた蔵があり、そこに約250 年以上もの間、集落の庄屋・戸長・区長など村の運営を担う人びとが代々書き継いできた知内村「記録」が保存されてきた。それが「村の日記」である。日記は1745 年からはじまり、村で起こったさまざまな出来事など、村の生活が多岐にわたって書き留められている。1984年に『水と人の環境史』(鳥越・嘉田編、御茶の水書房)などを出版して、環境史研究会での調査を終えた後、大学院生と共に知内に家を借りて「村の日記研究所」をたちあげ、知内の人びとの暮らしぶりや伝承、地域に残された膨大な古文書など知内の知的財産を知内の人びととともに学べる研究所に育て上げる、地元との「協働」(コラボレーション)という指向/試行を続けている。プロジェクトについては『暮らしと歴史のまなび方─知内「村の日記」からの出発─』(古川研究室、2010 年)に、また、知内村研究については、『村の生活環境史』(世界思想社、2004年)に詳しい。 2.矢作川流域環境史研究(「豊田市土地改良区資料室」) 愛知県東部を流れる矢作川の矢作川漁業協同組合の100年の歴史と川との関わりを院生と共に調査し『環境漁協宣言』(風媒社、2003年)を編集した。史資料の乏しい内水面漁協の歴史を書く作業は、院生や漁協メンバーとともにつくった研究会での議論、漁協メンバーによる聞き取り、フィールドワークなどに頼るほかなかった。漁協メンバーとのプロジェクト実践は漁協自らの存在意義の再認識に繋がり「環境漁協宣言」を採択したのだ。  この方法は、それに続くプロジェクトとなった矢作川から水をひく枝下(しだれ)用水130年史の調査研究にも引き継がれた。漁協とは異なり大量の史資料と格闘しながらも、史料と現場を往復するフィールドワークが編集方針となった。用水組合の水源事務所を編纂委員会室とする調査研究を担ったのは、院生を中心とした調査チームと枝下用水組合(現在は豊田土地改良区)のスタッフだった。その成果は『枝下用水史』(風媒社、2015年)として出版された。出版後、編纂室は資料室と名を改め用水史の調査研究をはじめとして市民に開かれた実践を続けている。 代表的な著書・論文等2.研究・教育内容の記述中に紹介した。専門分野・キーワード⃝社会史⃝環境社会学⃝人と自然の関わりの歴史教授

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