社会学研究科のススメ_電子書籍版
33/62

倉くら島しま 哲あきらのみならず、柔道や剣道も含みます)に対し、本来の意味での武術は、ルールのない戦いに勝つことを目指します。この意味で、武術は、特定の社会的カテゴリーの内部に甘んじることなく、これを超え出ようとする運動性を持っています。また、養生術としての太極拳は、シンボリックな意味には還元できない身体各部の内的な協調を、人生という長いスパンのなかで目指しています。このような観点から、私は日本・中国・イギリスを含む世界各地の太極拳教室の参与観察とインタビュー調査を行ってきました。 ゼミでは、スポーツ・ダンス・フィットネス・ファッション・トレーニング・武道・格闘技・習い事・身体変工(メイク・ピアス・タトゥー・整形を含む)など、身体をめぐる実践に関する研究を幅広く歓迎します。丁寧なフィールド調査にもとづき、シンボリックな意味づけに回収されない身体のありようを掘り起こしてほしいです。また、複数の社会的カテゴリーをまたぐ実践もテーマとして大変面白いですが、「所変われば品変わる」式の相対主義を抜け出すような方向性を持っているとなお良いです。ゼミの進行は、基本的に個人の発表を重視します。ゲストスピーカーの講演、論文発表会、ゼミ旅行などは、学部ゼミと合同で行う場合があります。31 研究・教育内容 スポーツが発明されたのは19世紀イギリスであり、それが日本に輸入されたのは明治時代です。スポーツを知る前の人々は、生活のあらゆる局面で現代人以上に身体は使っていたはずですが、スポーツはしていなかったことになります。「身体を動かすこと」が「スポーツをすること」とほとんど同じ意味を持っている現代とは隔世の感があります。このように、現代においてスポーツに占有されがちな身体性を、社会全体との関係のなかで捉え直すことが、私の研究の全体的な方針です。 スポーツに回収されない身体性に着目するためには、マルセル・モースの身体技法の概念が役立ちます。この概念は、私たちが何気なく繰り返している日々の行為が、社会的な刻印を帯びていることを指摘するものです。たとえば、日本に暮らす私たちはお箸を使って食事しますが、インドでは指先を使って食事します。このように、私たちが別段意識していない身体の使い方も、社会的カテゴリーを表すシンボリックな意味を持っているわけです。 しかしながら、身体技法の概念は、かえって身体を見えにくくしてしまう危険性があります。たとえば、正座は、法事の席などでは正しい座り方ですが、長く座っていると足が痺れてきます。膝の痛みのために正座がまったくできない場合もあります。ところが、法事の場におけるシンボリックな正しさという観点から正座を捉えるかぎり、こうした足の痺れや痛みは見えてこないのです。膝の屈曲は、ひらがなの「ら」の下半分の湾曲と同様に、シンボルの成立に貢献するかぎりにおいてしか意味を持ち得ません。そして、この貢献ができなくなった膝は、シンボルを判読不能にする要因でしかないのです。 身体技法の概念を継承したピエール・ブルデューのハビトゥス概念にも、同様の問題が認められます。社会的カテゴリーが身体化されることで形成されたハビトゥスは、行為者の無意識のうちにそのカテゴリーにふさわしい実践を生み出すとされています。しかし、そのために必要な具体的な動作や、この動作がもたらしうる痛みや痺れは、まったく考察されません。ただ、結果としての振る舞いの不自然さ、ぎこちなさだけが、ハビトゥスの形成不全ないし「不発」の原因として、つまり、シンボリックに正しい振る舞いの阻害要因として捉えられるだけなのです。 必要なのは、身体をめぐる社会的カテゴリーに依拠することなしに、現代社会においてスポーツに局所化した身体性を解放することです。その方法として私が着目するのは、日本および中国の伝統武術、とりわけ、武術と養生術の二側面を持つ太極拳です。競技ルールのもとで勝つことを目指す格闘スポーツ(ボクシングやレスリング 代表的な著書・論文等倉島哲, 2007, 『身体技法と社会学的認識』 世界思想社.倉島哲, 2018, 「太極拳のフィールドワーク」 鎌田東二編 『身心変容のワザ~技法と伝承』 サンガ, 101-137.倉島哲, 2018, 「現代社会における身心変容技法―太極拳とスポーツの比較を通して」 鎌田東二編 『身心変容技法研究』7, (A) (15H01866), 130–138.倉島哲, 2018, 「スポーツとモニタリング―特集のねらい」『スポーツ社会学研究』, 26(2), 3-8.Andrieu, B. and Kurashima, A., 2018, “The Body Behind the Spectacle: Capturing Emersion of the Living Body of Circus Performers”, 『スポーツ社会学研究』, 26(2), 25-38.Kurashima, A., 2018, “L’hétérogénéité du corps : l’apport de la transculturalité de Marcel Mauss pour le tai chi traditionnel”, Figure d’art, 35, Pau, France : Presses universitaires de Pau et des Pays de l'Adour (in print). 研究紹介のホームページなど追加情報「現代社会における身心変容技法―太極拳とスポーツの比較を通して」 は、次のリンクから読むことができます: http://waza-sophia.la.coocan.jp/専門分野・キーワード⃝スポーツ社会学⃝身体論⃝身体技法⃝太極拳⃝武術教授

元のページ  ../index.html#33

このブックを見る