伊藤 弘毅 教授
超高速物性研究室
伊藤 弘毅(いとう ひろたけ) 教授
研究分野:超高速物性、光・テラヘルツ実験、強相関電子系
皆さんのスマートフォンにも使われている高速通信や高速情報処理の技術は、身近な生活からエネルギーや環境問題の解決に至るまで社会を支えます。その基盤であり未来を担うのは、現在のギガ(十億)ヘルツ駆動エレクトロニクスをはるかに超えた、テラ(1兆)ヘルツ以上の超高速な物質機能です。私たちは、テラヘルツ光やフェムト秒レーザー技術を駆使し、1ピコ(1兆分の1)秒未満の時間領域にアクセスすることで、物質の潜在能力を開拓します。
光は1秒間におよそ30万キロメートル(地球7周半)も進めるほど速いため、超高速な現象の研究に威力を発揮します。光の回路をつくって0.001ミリメートル単位で距離を制御してやれば、0.1ピコ秒未満のダイナミクスも追跡できます。最近はこのことを応用して、テラヘルツ顕微鏡で結晶中の「勢力図」を可視化したり、雷より桁違いに強いテラヘルツ光で物質の性質を変えることも可能になってきました。これらの先端光技術により、物質を「速く、強く、操る」ことを目指します。原子間力顕微鏡とも組み合わせ、ナノメートル空間を視にくいという光の弱点を克服し、量子ダイナミクスの直接観測に挑みます。
では、どのような物質を調べるとよいのでしょうか。物質科学の分野では、高温超伝導体、トポロジカル物質、マルチフェロイクス、交替磁性体などの「量子物質」の不思議な電気的、磁気的な性質が世界中で注目されています。私たちは、そのような量子物質の一つである、電子強誘電体に注目しています。強誘電体材料は約100年前に発見され、およそ1兆の1兆倍個もの分極(プラス/マイナス電荷の偏り)が整列していることからメモリやコンデンサーなどの電子部品に広く応用され、現代の電子デバイスに欠かせません。電子強誘電体はその新種ともいうべきもので、電子雲(イオンよりも約1000倍も軽い)の変形によって生じた分極が、電場に対して非常に敏感で高速に動かせると期待されています。実際に最近、1ピコ秒未満でバルク強誘電体として過去最高の敏感さを示すことが明らかとなりました。そのメカニズムは未解明の部分も多く残されていますが、テラヘルツ波の照射をきっかけに、結晶内の電子分極がチームプレーのように整列し成長した「光誘起相転移」の可能性があります。このような量子力学的連携は、高速かつ省エネルギーな光エレクトロニクスデバイスの新たな動作原理となる可能性を秘めています。
研究室では普段、学内外で光・テラヘルツ実験を行い、関連論文や文献を読んで、これらの謎に挑んでいます。皆で真剣に取り組み、楽しく成長することを目指しています。