
卒業生 学内外での経験を糧に要救助者が安心できる消防士になりたい。
和歌山県田辺市出身。中学生の時に消防署で職業体験を行ったことをきっかけに消防士を目指す。一方で両親が福祉関係の仕事に携わっていたことから、消防士にも求められる福祉の知識を得たいと人間福祉学部社会福祉学科に進学。授業では対人援助法などを、ゼミではトラウマ(心的外傷)やマインドフルネスなどを学ぶ。ボランティア活動にも力を注ぎ、卒業後は夢をかなえ消防士として奮闘中。
自分のコミュニケーションを見直すいい機会に。
中学2年生の時に地元、田辺市の消防署で職業体験を行った際、「消防士はみんなの役に立てるし格好いい仕事だな」と漠然とした憧れを抱き、高校進学後は目標に掲げるようになりました。
また、父親が障害者の就労支援を担う事業所で、母親は老人ホームで働いていたことから福祉の分野にも興味があり、「福祉について勉強すればもっと社会に対する考え方が豊かになり、自己の成長や消防士の仕事につながるのでは」と考え、社会福祉学科に進学しました。
1年生の授業で特に印象に残っているのが、「ソーシャルワーク演習Ⅰ」です。対人援助に関する内容で、実践的な演習もあります。例えば、2人1組でインタビューし合う様子を録画し、映像を自分の視点で分析するのはもちろん相手からもアドバイスをもらって改善します。私の場合、相手の話を聞いている時に手がずっと動いているため相手の集中力をそいでしまうことが分かりました。また、相手からの質問に対する答えについて口数が少なく会話が続きにくいので、もっと話題が広がり会話が弾むような受け答えをする必要があると感じました。これまで見えていなかった自分のコミュニケーションの様子を客観的に見られたのは新鮮な体験でした。
ボランティアの魅力を伝え活動の輪を広げたい。
入学前からボランティアに参加したいと考えており、学生中心のNPO法人「国際ボランティア学生協会」で活動しました。
入学してすぐ、学内のボランティア活動支援センター「ヒューマン・サービス支援室」で見つけた冊子に自分に適したボランティア団体を探るフローチャートがあり、たどりついたのがその団体でした。全国に支部があり、普段は支部ごとに活動に取り組んでいます。私が所属する西宮支部では、近隣大学の学生と一緒に甲子園浜や武庫川、猪名川で清掃活動を行ったり、近隣の子ども食堂の手伝いをしたり、月1回「クラブ会」を開いてゲームなどのレクリエーションにより仲間との絆を深めたりしました。
ボランティアサークルは、人員の確保が大変です。3年生で支部の代表を任されると、メンバー集めに力を注ぎました。未経験者が参加しやすい清掃活動の開催頻度を増やし、初参加の人にはこまめに連絡を取って、各自が可能な範囲で気軽にやればいいこと、取り組むことで新しい物の見方などお金に換えられないものを得られることなどを伝え、活動の継続を呼びかけました。結果、当初20人足らずだった会員は私の代で50人近くになり、後輩が活動しやすい状態にして引き継ぐことができたので良かったです。
平和な今の時代のありがたさを実感。
2年生の春休みからは、国際ボランティア学生協会の本部が5泊6日で沖縄県で展開している、第2次世界大戦の戦没者の遺骨収集活動にも参加するようになりました。
曾祖父が戦争からの帰還者で、小学生の頃に体験談を聞き、その悲惨さが心に残っていたのです。
初めてご遺骨を見つけた時、自分が今立っている場所でかつて無念の思いのまま亡くなった人がいるという事実を身をもって感じ、私が生きている平和な現代と戦時中とのかけ離れた環境に衝撃を受けました。沖縄県には計4回行き、活動を通して、私たちが毎日当たり前のように平穏に暮らしていることがいかにありがたいことかを改めて知るとともに、一つ一つの命の重みを感じました。遺骨収集はあくまでも戦没者の魂の救済活動であり、彼らの命そのものを救うことはできません。しかし、消防士になれば現実に危機に直面している命を守り、救うことが可能です。要救助者はもちろん、その人を大切に思う人たちのためにも頑張る価値のある職業だと、消防士への思いがさらに強くなりました。
心の〝生の声″を大切にすることを学ぶ。
ゼミはトラウマや臨床ソーシャルワークを専門とする池埜聡教授の下で学びました。災害現場においてトラウマはつき物で、その実態に関心があったからです。3年生ではトラウマを抱える人が自己理解や癒やしなどのために行うマインドフルネスの実践法を学んだり、トラウマなどに関するさまざまな論文を読み込みグループごとに要点を発表して意見を述べ合ったりしました。毎回、ゼミの冒頭では全員でマインドフルネスも実践しました。輪になって瞑想し、教授の指示に従っておのおの心の声に耳を傾け、気持ちを整理しました。
卒業論文は、戦没者の遺骨収集活動を題材にしました。まずは活動記録を細かく書き出し、その時々で感じたことを追記し、一連の気持ちの変化を振り返りました。先行文献がなく自分の記憶だけが頼りで、どのような心の動きがあったかを分析するのがとても難しかったです。当初、書き出した言葉をきれいな表現に書き換えていたところ、池埜教授から「心のままに書き出した最初の生の声を大事にしなさい」とアドバイスを頂きました。後日完成したものを読み返してみると、拙い表現ではあっても自分の本当の気持ちに近い形で残せたことの価値を感じ、教授に感謝しています。
限られた時間でどのような対応すべきかが課題。
消防士には体力が必須です。学生のうちから少しでも体を鍛えておこうと入学してすぐ、学内のトレーニングセンターの会員になり、ほぼ毎日トレーニングを続けました。また、公務員試験の対策は、3年生の秋から約3カ月間、学内で行われる民間業者による講座を受講し、春休みには防災士の資格を取得したり救急救命の講習を受けたりもしました。
採用試験間近となった4年生の春、たまたま学内のコンビニに立ち寄ると学生が倒れて意識を失っていました。「自分が何とかしなければ」と自然と体が動き出し、周りの協力を得てAEDを使用、駆け付けた救急隊員に引き継いで事なきを得ました。後日、学部長から表彰していただき、役に立てた喜びを感じました。
その後、希望通り消防士として神戸市に採用され、半年間の研修を経て昨年秋、灘消防署に配属されました。現在は主に消火活動を担当していますが、事故などの救急現場にもサポートのため同行することがあります。当初は授業で習った対人援助のノウハウがそのまま生かせると思っていましたが、一刻を争う状況ではスピード感と丁寧な対応の両方が求められます。時間のない中で要救助者にどのように接しながら処置をすべきか、これまで学んだことを基に自分なりに方法を探って、助けを求めている人に少しでも希望と安心感を与えられるような消防士になりたいです。