人間福祉学部
K.G.

卒業生 実習とゼミでの気づきを生かし、 誰もが心を開く食の分野で コミュニケーション力を発揮。

伊藤ハム株式会社
山下 彩夏さん
掲載日:2026.01.14
社会福祉学科 2023 年卒業

西宮市出身。中学時代を過ごしたタイで貧しい子どもたちの姿に衝撃を受け、帰国後、高校生の時に子ども食堂を手伝った経験から、大学4年間は児童福祉について学ぼうと人間福祉学部社会福祉学科に進学。「ソーシャルワーク実習」で気づいた食の大切さ、ゼミや授業で磨いたコミュニケーションスキルの両方を生かせる仕事を希望し、食品メーカーの営業職として 3 年目を迎えている。

物事をプラス方向に捉えサポートすることが大事。

児童福祉分野を深掘りするために入学して間もなく、授業で、母親と子どもの2世代に対して自立と生活を支援する母子福祉のことを初めて知り、強く惹(ひ)かれました。3 年生の「ソーシャルワーク実習」では実習先として母子生活支援施設を希望し、夏から秋にかけて 24 日間通いました。子どもたちにとってプラスの存在になることを目指し、朝の登校に付き添ったり、夜は施設が開く学習会で勉強を教えたりしてコミュニケーションを図りました。不登校児童や登園渋りの幼児も多いのですが、次第に部屋から出て、学習会に参加したり、ハロウィンなどの行事で笑顔を見せたりと打ち解けるようになり、最後に「私もお姉さんみたいになりたい」と手紙をくれた子もいて少しはプラスの影響を与えられたかなと感じうれしかったです。
子どもたちと関わる時に一番に心がけたのは、全てをプラスの方向に捉えることです。入居者に、おむつが取れていない4歳児がいました。私は、トイレトレーニングがうまくいっていないからだろうと思っていたのですが、保育士さんが「パンツは履きたいけれど、失敗するのが怖いと思っているのが原因じゃないかな。そこにアプローチすれば、少しずつおむつを卒業できるはず」と話され、はっとしました。勝手な思い込みや偏見を捨てて視野を広く持って物事を考察し、その子の気持ちに寄り添い原因を探り、プラスに働くように関わっていくことの大切さに気づき、それからはマイナスなことがあっても、プラス要素を見つけてサポートするように努めました。

川島ゼミで学んだ対人コミュニケーションからの気 づき。

ゼミは、対人援助や体験学習を専門とする川島惠美教授の下で対人コミュニケーションについて学びを深めました。授業は十数人のゼミ生が小グループに分かれて体験的に理解するワークが中心でした。その一つに、各自の対人コミュニケーションの在りようについて、他のゼミ生の目で観察し、個々の強みや弱み、課題などを共有し合うというものがあり、私に対しては、会話しながら動きが多い、気さくな感じで話しているといった意見が出ました。場を和ませたり、ラフな雰囲気を作ったりできるという良い面がある一方で、真剣な話し合いの場ではふざけている、不真面目だとマイナス面に受け取られる可能性があるとの指摘を受け、初めて自覚できました。直後の就職活動のオンライン面接では砕けすぎないように気を付け、逆に今の営業職では、初期の関係づくりで場を和ませるための強みと捉えて気負わず話すなど、ケースバイケースで意識的に使い分けるようにしています。
川島ゼミでは、ワークにおけるテーマはもちろん、ゼミが長年取り組んでいるプロジェクトや卒業論文も全て学生自身が決め、「今、興味を持っていること」以外に何の制約もありませんでした。その自由なやり方が私にはすごく合っていて、“やらされている感”を持つことなく、自ら率先して楽しく取り組むことができました。卒業前後にゼミのみんなで川島教授のご自宅に伺い、手料理をいただきながら将来について語り合ったことは印象深い思い出です。仲良くしていたゼミ生とは今も SNS でつながり、連絡を取り合っています。

赤星憲広さんへのインタビューで響いた「後悔しない生き 方」。

川島ゼミでは代々、「二十歳のころプロジェクト」に取り組みます。各自が会いたい人物にアポイントを取り、20 歳の頃の様子を中心にインタビューし、原稿を作成して一冊の本にまとめるというものです。人の話を丁寧に聞く行為はコミュニケーションの基本としてとても大事なことであり、その総合的な体験として3、4年生で実施しました。私は、元阪神タイガース選手の赤星憲広さんに話を伺いました。母子生活支援施設にプロ野球選手からの贈り物がたくさんあり、赤星さんも長年車いす寄贈活動をされていること、私が阪神ファンで野球観戦を趣味としていることが理由でした。所属事務所のお問い合わせフォームからアプローチして快諾いただき、20 歳の頃のこと、社会貢献活動に注力されるに至った経緯、人生観や今後の展望などを約 1 時間半インタビューしました。特に心に響いたのが、大学時代から大切にされている「後悔しないような生き方をする」というモットーで、私も就職活動時にその言葉を思い出し、後悔のない選択をすることができました。
プロジェクトをさらに深める形で、卒業論文は「プロ野球界における社会貢献活動の意義とは」をテーマにしました。遠征先の宿泊施設のアメニティグッズを使わず集めて寄付するというユニークな取り組みに代表されるように、プロ野球界は支援する分野や地域等にとらわれず、全国を舞台にさまざまな角度から社会貢献できると結論づけました。どうしても阪神球団に肩入れしてしまい、川島教授には「全球団調べて比較すればもっと面白くなるよ」と助言を頂き、ここでも、視野を広く持つことが大事だと反省させられました(笑)

日本手話を学び聾文化を知って引き出しが一つ増えた。

人間福祉学部では本学で唯一第2言語として日本手話を履修することができ、なかなか経験できない貴重な機会だと思い1、2 年生の2年間受講しました。週2回の授業のうち、1回は聴者の先生から、玄関のインターホンが鳴ると室内のランプが点灯して来客を認知すること、東京には聾(ろう)者が働き手話を第1言語とするカフェがあることなど、“聾文化”という私にとっては新しい世界について学習し、もう1回は聾者の先生から手話の実技を体得しました。日本手話を勉強して1年少し過ぎた頃、アルバイト先の飲食店に聾者の方が来られたことがありました。勇気を出して手話で話しかけ、簡単なやり取りしかできませんでしたが、とても喜んでくださいました。これからも聾者の方と出会った時には積極的に会話をしたいと思っています。大学ではいろいろな角度からコミュニケーションについて学ぶことができ、日本手話もその一つとして、自分の中に一つ引き出しが増えたと認識しています。
社会福祉学科は、福祉に関わりたいと思っている人が集まっていることもあって、学生も先生方も前向きな声かけが多いと感じました。私の場合、コロナ禍で「ソーシャルワーク実習」のスケジュールが秋学期にずれ込んだためにあらかじめ考えていた秋以降の段取りが崩れ、授業や就職活動と重なって大変な思いをしましたが、実習担当の教員や職員の方々が寄り添ってくださり、ゼミ仲間からも温かい言葉をもらって、とても救われました。

大学で培った話す力や聞く力を生かした営業を。

就職は、福祉関係か一般企業かで随分迷いました。最終的に、ゼミや日本手話を通してコミュニケーション能力を身に付けられたこと、「ソーシャルワーク実習」において、職員が入居者に晩ご飯を振る舞うイベントなどを通じて食は人々が心を開くきっかけになっていると感じたことから、その2つを生かした仕事に就きたいと思うようになり、食品会社の営業職に決めました。現在入社 3 年目で、今年からは、関西地域に 70 以上の量販店を運営する企業の本部担当となり、バイヤーに対しプレゼンテーションや商談を行っています。当初の 2 年間は量販店を回って商品を売り込みました。同業他社もある中で弊社の商品を並べていただくには、売り場担当者の懐に入り込まなくてはなりません。まずは足しげく通い、自分自身を開示して相手のことも知り、互いの間にある壁を取り払って関係を構築すること。その上で、ニーズや問題点を聞き出し、提案に結び付けることが重要です。これらは大学で理解を深めたコミュニケーションの手法そのものであり、ゼミで培った話す力や聞く力が生きてきます。これを実行して、売り場を丸ごと任された経験は、私の中で大きな自信になりました。
福祉の分野は、他の業界にいながらさまざまな関わり方をすることも可能だと思っています。弊社では食育イベントをはじめ、食の分野から多彩な社会貢献活動を展開しています。今は営業職として成長できるよう必死ですが、将来的には、企業人の立場から児童福祉や母子福祉の分野に貢献できればと考えています。