人間福祉学部
K.G.

卒業生 多様性に関する学びを生かし、 さまざまな背景を持つ生徒に 真っすぐな言葉で向き合う。

大阪市教育委員会(中学校教諭(保健体育))
西山 晴菜さん
掲載日:2025.11.28
人間科学科 2015 年卒業

大阪府出身。中学生の時にバレーボール部の顧問であり、保健体育科だった先生に憧れたこと、発達障害のある家族と共に過ごす中で、幼い頃から福祉と関わる機会が多かったことから、保健体育の免許も取得でき、福祉についても学ぶことのできる人間福祉学部人間科学科に進学。教員に必要な知識や現代社会の多様な課題を学ぶとともに、バレーボール同好会で監督兼主将としてチームをまとめるノウハウを身に付けた。現在は子育てをしながら、大阪市の中学校で保健体育の教員として働く。

教員として役立つ知識を幅広く得ることができた。

大学の授業では、保健体育の教員に必要な知識やノウハウを習得することができました。例えば、「発育発達論」は子どもの発育段階に合わせたトレーニングによって運動能力を伸ばす理論に触れ、一人一人の成長過程を意識しながらスポーツ技能を鍛えることの重要性を学びました。また、「障害者スポーツ論」は、支援が必要な生徒が在籍し、授業でも障害者スポーツを取り上げる機会が増えている学校教育において、欠かせない視点を学ぶことができました。
一方で、人間福祉学部では、さまざまな社会課題を扱う授業が数多く開講されています。
ジェンダーや人権問題などについて学ぶ「人間多様性論」では、障害のある方をはじめとするさまざまなゲストスピーカーの生の声を聞き、人としての幅を広げることができました。最近は外国籍の子どもや複雑な家庭環境の生徒が増えているため、彼らの背景にある問題を正しく理解し、適切に対応する力が求められます。教員免許を取得できる大学は他にもありますが、多様な背景を持つ人との関わり方に関して学生時代に考える機会を持てたことは今働く中でとても役立っています。関西学院大学の人間福祉学部を卒業して本当に良かったと感じています。

子どもの発達段階に応じた指導法を実践的に学ぶ。

ゼミは、スポーツの適時性と身体組成の関係を専門とする溝畑潤教授の下で、子どもたちの発育に応じた運動指導をテーマに取り組みました。実践的な授業が多く、中でも特に印象に残っているのが、大学の近くにある幼稚園を訪ねて園児にボールの投げ方や走り方を教えたことです。ボールを投げるという単純な動作一つにも、園児たちは私たちの言うことを素直に聞いて一生懸命に挑戦していました。年齢が上がるにつれて、上手にできるかどうかに意識が向きがちですが、幼い頃は純粋に運動が楽しいという気持ちにさせてあげることが大切だと気づきました。
卒業論文のテーマは、「バレーボールにおける実践指導についてー中学生バレーボール部の半年間の指導についてー」です。関西学院中学部の女子バレーボール部に半年間通って、顧問の先生が作ったメニューを基に部員を指導し、どのようにアプローチすれば効率よく技術を習得させられるかを検討しました。私が監督・主将を務めていた関西学院大学バレーボール同好会では、同世代が相手のため、言葉だけでも意図が伝わりましたが、中学生には言葉だけの説明や簡単な手本だけでは意図が伝わらないことや、動きを再現できないことがありました。そこで、まずはできるだけ簡潔に伝える、ボールと体の動作を切り取って練習させるなどを心がけました。そうすることで、基本的なフォームの習得につながったり、細かな所にも意識を向けさせたりでき、上達につながりました。この時の経験は、後に教員になってバレーボール部の顧問を務めた際の指導に生かされました。

教員なら子どもたちと純粋に向き合うことがで きる。

最終的に教員になると決めたのは、大学 3 年生の秋、学内の企業説明会に参加した時でした。
いくつかの企業の話を聞くうちに、時間や数字などの指標にとらわれることなく一途に目の前の子どもたちと向き合えるのは教員しかないと気づき、納得いくまで手間や時間をかけて生徒を育てていきたいと思い教員の道を選びました。
そこから翌年の教員採用試験に向けての 8 カ月間は、空き時間や放課後は参考書を手に図書館で勉強に励む傍ら、教員を目指す学生を支援する教職教育研究センターに通って情報収集をしたり、面接の練習をしたりしました。一番大変だったのは、教育実習です。母校でもある大阪府内の中高一貫校で 3 週間、中学・高校の計 4 学年の保健体育の授業を担当しましたが、学年ごとに授業内容が異なるため睡眠時間を削って指導案を作成するハードな毎日でした。大変ではありましたが、限られた時間で授業準備をきちんと行うということは実際の教育現場でも常に求められることなので、大変良い経験になりました。私の経験が後輩たちの参考になればと、卒業後も教職教育研究センターを通して学生たちに体験談を話したり相談に乗ったりしています。

学生だけでチームを作り上げたのは貴重な経験。

中学生の時に部活動で励んでいたバレーボールに大学で再び挑戦したいと思っていたのですが、入学してみると当時の体育会には女子バレーボール部がありませんでした。そこで旧聖和大学の同好会を「関西学院大学バレーボール同好会」に改称し、知り合いと共に仲間を集め、活動を始めました。
練習は週 3、4 回ほどで、私は監督兼主将として日々の練習メニューや試合に出るメンバーなどを決めていました。大人の監督であれば絶対的な存在としてチームをまとめやすいと思いますが、学生という対等な立場ではそれが難しく、団結したチームをつくる難しさを感じました。
実習などで一時的に練習に参加できないメンバーも多かったのですが、各自でバランスを調整しながら、「体育会昇格」をチームの目標として共有することで、一体感を高めていきました。最初は「関西大学バレーボール連盟」の 8 部からのスタートでしたが、毎年たくさん部員が増えチーム力もアップし、引退する時には 4 部まで上がっていました。その後も後輩たちが思いを継いでくれ、現在は、体育会バレーボール部女子部に昇格しています。学生だけで一からチームを立ち上げ育てるというのは、貴重な体験でした。この時の経験があったおかげで、教員になった当初からスムーズにクラスをまとめていけたのだと思います。バレーボールの仲間たちとは今でも、学年の垣根を越えて家族ぐるみで毎年集まっています。

真っすぐに思いを伝えることの大切さを知った。

教員になりたての頃は、侮られないよう生徒たちとある程度距離を置いて接していました。ところがそれでは生徒たちにこちらの思いがなかなかうまく伝わりませんでした。歩み寄りの必要を感じ、指導の
際に私の意図や思いを言葉にして伝えるようにしてみたところ、心が通じるようになりました。生徒と向き合う時は「私はあなたたちを本当に大切に思っているんだよ」とこちらの思いをストレートにぶつけると、徐々に心を開いてくれました。そういうアプローチ方法は本来、気恥ずかしくて苦手なのですが、中学生にはそれが必要なのだとさまざまな経験を通して学びました。思春期の子どもたちと向き合い、親の役目を補う役割が果たせるのも、教員の仕事の魅力だと感じています。
教員6年目の春から昨春までの 4 年間は、第一子と第二子の産休・育休を取得しました。今は担任を持たず、部分休業制度を利用して朝夕 30 分ずつ時短勤務をしています。教員は子ども 1 人につき最大 3 年間の育休が取得可能で、自分が無理のないタイミングで復帰できるので、女性が仕事を続けやすい環境です。フルタイムに戻った際には、最後まで学校現場で生徒と関わり、私が学生時代に得た一生ものの仲間を持つことの素晴らしさを伝えていきたいと思います。