卒業論文(2000年度~2010年度)

[ 編集者:文学部・文学研究科        2016年7月14日   更新  ]

2010年度

西谷ゼミ

言語による社会的、文化的な性差別はなぜ起こるのか ―ジェンダーの視点からの日独比較―
動物を使ったことわざ・慣用句に見える日独の動物観について
色彩語を使った表現における日独(英)の違い
日独ビール考 ―文化的に見たビール―
「恐怖」とは ―言葉からみる恐怖考

倉賀野ゼミ

オペラ『薔薇の騎士』とその背景について
市民的芸術家トーマス・マン
『クラバート』からみるプロイスラー作品の魅力
景観を考える~ドイツに学ぶ都市計画~
ケストナーと児童文学
陽気なウィンナ・ワルツ
現実と空想における魔女
今に生きる妖精 ―ドイツとイギリスの現代文学より―
フランツ・カフカ ―<書くこと>と<生きること>―
ユング心理学と小説
グリム童話における通過儀礼 ―森に向かう子供たち―
ヒトラーと反ユダヤ主義について
ボンヘッファーの服従

木野ゼミ

ヨハン・シュトラウスのオペレッタ ―『こうもり』に描かれたウィーン―
フランツ・カフカ『変身』 ―存在することの難しさ―
『サーカス物語』について ―「あそび」の重要性―
ヨハネス・ブラームスの「ドイツ・レクイエム」について
クリスマスの歴史 ―贈り主の変遷を中心に―
ドイツと日本の労働に対する比較研究 ―過去から現在までの労働環境を辿る―
学校体育の歴史 ―ドイツと日本を中心に―
ロッテ・ライニガ―とその影絵アニメーション作品の考察
環境先進国 ドイツの軌跡と展望
宗教教育のもたらす影響 ―J・シュピーリの“HEIDI”の研究―
“Winterreise”『冬の旅』 読解と分析
日本スキー史におけるオーストリアの影響
ドイツ人と日本人の動物観 ―「家族」としてのペットとは―
ドイツの教育と教員の研究
『モモ』における時間論
ヒトラーを愛し、支えた女性たち

小川ゼミ

ある国の言語 公用語制定における判断基準
歌曲に見る言語操作 ~放浪の民の異質感から~
笑うオノマトペ
せかいを動かすことば
グリム童話における女性観 ―魔女の歴史的背景を中心に―
マンガにおけるオノマトペの効果 ―マンガ『ONE PIECE』を通して探る―
日常に潜むバラエティの世界
人の心をつかむことば。動かすことば
絵本からみる異文化理解 ―人・動物~その強制をめぐって―
esの謎 ―その表現法の違いをめぐって―
『ミドリ』を食べる ―基本色彩語としてのアオとの対照―
あなたはどこを見ますか。
“あいづち”からわかる日本人
ステキなカタカナ語 ―その移ろいと実情―

村山ゼミ

『夢祈譚』に見るシュニッツラーのメッセージ
水の世界の女たち
ヘルマン・ヘッセと老子
ケストナーの子ども観について
フランツ・カフカ『変身』における<変身>の諸相
「野ばら姫」の類話の比較―姫と王子の男女観を中心に―
エンデの遺言と『モモ』
『飛ぶ教室』におけるケストナーの子ども観

2009年度

西谷ゼミ

挨拶言動から見る文化・こころ~挨拶に込める日本人・ドイツ人の気持ち~
MANGAに見る 日本語とドイツ語のオノマトペ
ミュージカルELISABETHから読みとる文化―なぜ日本でヒットしたのか―
ドイツと日本の流行語比較
あいさつから見る日独比較
色のイディオムの日独比較
宗教と人称代名詞~聖書の中の呼びかけ~

倉賀野ゼミ

ナチスドイツ期におけるプロパガンダとしての映画
グリム童話における「継母」と「魔女」について
水の精からみる愛と魂
『モモ』における時間の観念
グリム童話 主人公の成長と自立
ウィーン世紀末文化をめぐって
ドイツ・バロック期における社会と音楽
自動車リサイクルに関するドイツと日本の比較
『影をなくした男』における「影」とは
交通機関から見るドイツの環境対策
西欧の住環境における個の確立について
ジャーマン・シェパードと純血主義~ヒトラーも愛したドイツの狼犬~
E.T.A.ホフマンの『くるみ割り人形とねずみの王様』の魅力
人の「空想」とグリム童話

木野ゼミ

現在のドイツに生きる『もじゃもじゃペーター』
アクセル・ハッケとミヒャエル・ゾーヴァ
ルートヴィヒⅡ世とノイシュヴァンシュタイン城について
ラルフ・イーザウのファンタジー観
モーツァルトと秘密結社フリーメイソン
白雪姫の変遷―グリム兄弟のメモからディズニー映画まで―
森の幼稚園―子どもを育て地球を守る幼稚園―
日独の有機農業と有機食品の流通
ドイツの環境先進国への道―歴史と環境政策をたどって―
『ファウスト第一部』研究―グレートヒェン悲劇が語るもの―
ルドルフ・シュタイナー―その人物と教育―
オーストリア皇妃エリザベートの自己実現
ドイツにおけるアートの教育的役割
ルターはなぜ聖書を翻訳したか

小川ゼミ

名詞の性:この不思議なるもの
翻弄する言葉たち いわゆる“weasel words”について
ことばの響きの世界―母音と子音のイメージ―
「なりますになりました」―バイト敬語の新たな展開―
格好を付けたがる日本人?―外来語の受容を手掛りに―
人の心に触れることば―点字の世界―
日独喫煙文化比較論
「八」のひろがり―その意味と歴史―
ドイツ人の名前から見えてくるもの―その多様性―
音楽は言語の影響を受けるのか―『野ばら』を通して考える―
ファッションの歴史を辿って~その言葉の成り立ちを中心に~
香りは口ほどにものを言う
紋章が象徴するもの―その光と影―
本当に子豚は3匹?―日本語における数量詞遊離の諸相―
環境対策の光と影―ドイツと日本を中心に―

2008年度

鎌田ゼミ

『Der Steppenwolf』 ~ヘッセの描く人物像~
ドイツの環境政策と市民の感覚
ドイツ高等教育について
シュタイナー教育について
自然の力を生かした環境政策 ─ドイツと日本の緑化政策と現状─
環境問題から見る日独文化比較
神戸とドイツのつながり ~旧居留地について~
ドイツにおける外国語教育と日本の外国語教育の展望
“Die Sorge des Hausvaters”をめぐって
エーリヒ・ケストナー ─ケストナーにとっての子どもの本─
ブルーノ・タウトが見た桂離宮
ドイツのグリーン・ツーリズム
近世ヨーロッパの魔女狩り
ドイツ・ハンザ

西谷ゼミ

ドイツ語の造語について―メタファーを使った合成語と合成語の構造
独和辞典に見るドイツ語と日本語のメタファー~“Hand”「手」の項について~

倉賀野ゼミ

E.T.A.ホフマンの『黄金の壷』について
環境教育をめぐって~ドイツと日本の比較~
ドイツの複線型教育について―職業教育を中心として―
環境先進国といわれるドイツの政策
ヘルマン・ヘッセの自然観
グリム童話の悪魔像

小川ゼミ

お客様は神様になりますか?─独・韓・日の挨拶・サービス表現
アラサー、アラフォー、そしてアラフィフ?~輸入語、輸出語、変わりゆく言葉~
独逸語名詞複数形新分類法─Neue Klassifikation der Pluralbildung nach eigener Art─
移り変わる映画のタイトル
これ、おもしろいぞなもし!! 伊予弁の文末詞を中心にドイツ語も含めて
「元気しとー?」~神戸方言における文末詞の音声と機能をめぐって~
チョリースでYMだ!! ─日本語の若者ことばを中心にドイツ語も含めて─
手話 話す あなた ─手話の世界の多様性─
「ところ」の示す「ところ」─名詞とその周辺
「まで」はどこまで?─日英独語の時間の区切り─
ゴスペルの歴史と現在─Und man ?gospelt“ auch in Deutschland
ワインの名称さまざま~土地とワインの結びつき~

2007年度

鎌田ゼミ

内的視覚で読むカフカ
ドイツのカバレットについて
ブレヒト『ガリレイの生涯』試論
『クラバート』の世界 ―プロイスラーのメッセージ―
ドイツにおける環境教育と市民の環境意識
ティルマン・リーメンシュナイダーとゴシック以降のドイツ芸術の衰退
ドイツの食文化
マルティン・ルターとユダヤ人問題
華麗なるウィーン菓子
グリム兄弟の目指したドイツ

西谷ゼミ

食物メタファーと思考のメタファー
文法化 |Grammatikalisierung|についての考察

倉賀野ゼミ

ドイツにおける外国人問題 ~トルコ人の場合~
女流作家としてのドロステ
バウハウスの理念
中世末期と「死の舞踏」

木野ゼミ

ドイツの社会保障と生命保険の役割 ―老後所得における生命保険の関係―
グリム兄弟 ―童話集編纂の動機と、二人の人間性を中心に―
「くるみ割り人形」と芸術作品 ―「くるみ割り人形」に秘められた魅力―
ドイツにおける女性の歩み
皇后エリーザベトに見る女性の生き方
ドイツの教育制度と自由学校の研究
活版印刷とドイツ社会の影響
ドイツ人の家族観と少子化問題 ―日本との比較的考察―

小川ゼミ

メディアの中のことば 目にうったえるもの 耳にうったえるもの
生きている敬語、変わる敬語
日独・言語の輸出入
「素顔の言葉たち」 ―スラングの成り立ちを中心に―
世界で使われるドイツ語 ―ドイツで“哈德? ”が吹き荒れる!?―
長崎方言の「バイ」と「タイ」 ~方言の文末詞の一考察~
ルフトハンザドイツ航空について
ことわざ・慣用句に表れた動物のイメージ
野球ことばとサッカーことば
ドイツの地名について ~その由来と特徴~
方言はおもしゃい
個人名の移りかわりから見えてくるもの ―日本語を中心にドイツ語を含めて―

2006年度

鎌田ゼミ

胚保護法から見るドイツ人の生命倫理観
マルチン・ルター 聖書ドイツ語訳と賛美歌をめぐって
環境問題と自動車
ドイツにおける死生観の考察
ルフトハンザ航空について
ドイツに生きた女性たち
壁『die Mauer』

西谷ゼミ

サッカーから見る日独文化と国民性
味覚とことば
ドイツ語・性の区別

倉賀野ゼミ

『モモ』における時間の観念
E.T.A.ホフマン『黄金の壷』――幻想と現実――
ドイツの環境教育
子どもにとってのドイツ統一
『影をなくした男』における「影」の考察
エーリッヒ・ケストナーの文学
カフカの「変身」
ゲーテとウエルテル

木野ゼミ

グリム童話における魔女――女性蔑視の視点から――
ハプスブルク家の結婚政策
「魔女」にされた女性――過去から現代へ変移する魔女像――
フリードリヒ・フレーベルの教育思想――生いたちと『人間の教育』からの考察
ワーグナー『ローエングリン』論――エルザとオルトルートのアウトサイダー性――
灰色の男たちの征服からみる『モモ』における時間の本質
『モモ』における時間の考察

小川ゼミ

古語いとをかし~日本語を中心にドイツ語も含めて~
男女の言葉の違い~日独対照比較~
歪んだ栄光――言語における力――
音のイメージ――日独英のオノマトペ――
宮崎方言の諸相~音声学、音韻論からわかること~
くしゃみの呪文
苗字とその文化的背景――日独語の対照を中心として――
擬声語について――動物の鳴き声表現とその言語社会――
Der,die,das?~ドイツ語の名詞の性はどのようにして決定されるか~
反転語について~日本・中国・ヨーロッパの感覚の違い~
日本とドイツの若者ことば~みんなどうやって仲良くなるんだろう~
ことばの垣根を越えて――ポライトネスの日独英比較――
言語の共生――多言語国家スイスのいままでとこれから――
「太鼓」の由来――神・自然との交信――
商品名にみるオノマトペ

2005年度

鎌田ゼミ

何故ドイツは環境先進国と呼ばれるのか?
受け継がれるビール祭り オクトーバーフェスト
魔女裁判について
イツの教育-伝統的な複線型システムと教育界の現状
環境問題-環境首都フライブルクと日本の交通政策の違いについて
ドイツのカーニバルについて
グリム童話(Kinder und Hausmärchen)
マイセンへの道
モーツァルトのオペラより『フィガロの結婚』

西谷ゼミ

色彩語の意味拡張について
いま、体感・感覚表現が「アツイ」!「クール」!
言語に対する科学的アプローチ
言語の比較から見えてくる文化の共通性と差異について

倉賀野ゼミ

グリム童話-その変貌とファンタジー-
リルケの見たロシアの神について
『タリウスのイフィゲーニエ』-人間の苦悩とその救済について-
フレーベル-子供の庭-
ドイツ・オーストリアにおける宮廷音楽の大衆化

木野ゼミ

バウハウス
シューベルト・リートの成立-ドイツ・リートにおける詩と音楽の協同
グリム童話における悪と救済のモチーフ
環境先進国ドイツ 脱原子力政策と再生可能エネルギー開発
シュタイナー
ドイツの職人制度
ダイムラー=ベンツの成立から現代に至るまで
ヘルマン・ヘッセと東洋思想

小川ゼミ

言語の限界と可能性
方言について-共同体意識を形成する一つの言語として-
言える時と言えない時、言う時と言わない時-『キッチン』を通しての日独表現比較
若者ことばの実情と背景-日本語を中心にドイツ語も含めて-
手話の言語比較-日・独・米のあいさつ表現を中心に-
手話における助詞・格の機能について-日独米比較-
オノマトペに関する一考察-日本語とドイツ語の音のイメージ-

2004年度

鎌田ゼミ

シューベルト その生涯と歌曲集『冬の旅』
作品と生涯からみたゲーテの女性観
トーマス・マン 「ドイツとドイツ人」を読む
エリザベート皇妃の求めた真の「自由」とその生涯
H.ベル『九時半の玉突き』に見られる戦中戦後ドイツの実際
「心理療養装置」としてのヘルマン・ヘッセ『デミアン』
『パトリック・ジュースキント 香水』 香りで世界を見る
クリスマスについて
エンデとお金をめぐる考察

木野ゼミ

エミーリア・ガロッティから見る十八世紀ドイツの社会
日独安全保障
白バラの闘い「自由」と「名誉」のために
環境に優しい社会をめざして―日本とドイツの環境政策の現状
社会の変化とカフェーハウス
ドイツと日本の介護にみる比較と考察
日独エネルギー政策比較 現状と展望
ドイツ古典絵本『もじゃもじゃペーター』の考察
カフカの『変身』について
ゲーテの恋愛
現存する世界最古の電気・電子メーカー企業SIEMENS
ドイツ人の日本人に関するイメージ―武士・芸者は存在するか
『ノルウェイの森』翻訳文から見る日独表現差異の考察

倉賀野ゼミ

ドイツの環境保全―ドイツの家庭用洗剤フロッシュからみる洗剤問題
マイセン成功の秘訣
『反キリスト』から見るニーチェとキリスト教
『群盗』から見るシラーの世界観
青年期のゲーテの女性観
「子殺しの歴史」ドイツ文学を中心に
「愛」と「死」について『若きウェルテルの悩み』からの考察
『モモ』から読みとるエンデの社会観

西谷ゼミ

前置詞anとその意味派生
Hundと犬
女性語史とジェンダー
Hexe~古代の魔女と「グリム童話」の魔女の比較~
「Bär」についての考察
ドイツ語色彩語のイメージと意味
イラストにおける日独文化比較
日独における身体部位表現の比較

2003年度

宮坂ゼミ

日独言語行動の相違
翻訳の難しさはどこにあるか
俳句の国際性
話し手の表現について―ドイツ語・英語・日本語の対照を通して
意味論
日本語とドイツ語のレトリック
ドイツと日本のことわざの違い
言語記号が意味と結びつくまで
ドイツ語・日本語・英語の時制

鎌田ゼミ

シュタイナー教育
生き尽くすということ―ヘルマン・ヘッセ 幸福探究の軌跡
アスパラガス―その歴史から日頃抱く疑問まで
ゲオルク・ビューヒナーの「必然」について
バウハウス―その理念と変容
Deutsche Bahn―ドイツ鉄道の全て
環境意識と行動
エーリヒ・ケストナー 眼の人として
ゲーテ『ファウスト』の構造
ラルフ・ロートマン『森のなかの夜』
ビオトープ―緑あふれる街づくりを目指して

西谷ゼミ

物の見方とstehenについて
ドイツ語広告・キャッチコピー
「深い」と「tief」のメタファー

倉賀野ゼミ

フランツ・カフカ『審判』―二つの挿話を中心に
ミヒャエル・エンデ『モモ』―モモの変化を追って
ハイジが光り続ける理由
グリム童話の中の女性
『若きウェルテルの悩み』―その悩みについて
『グリム童話』における書き換え
〈カフカ的なもの〉に対する考察
ヘルマン・ヘッセ『デミアン』―自己実現のはじまり
バウハウス〈教育〉〈造形〉〈生産〉
ライナー・マリア・リルケ―『悲歌』にのせたマリーナへの思い
『魔笛』―台本の成立について

木野ゼミ

『はてしない物語』における悪についての考察
フリードリヒ・フレーベルにみる幼児教育の原点
ベルツと日本
環境先進国日本に向けて―ドイツと日本における環境保護への取り組み
ナチスのプロパガンダ―国民啓蒙宣伝省大臣ゲッベルスの手法
「エリザベートの生涯と美容法」
エリーザベトの生涯における“旅”の役割
バウハウスの造形芸術教育とヨハネス・イッテンについて
巡礼考察 アルトエッティングを中心に
オルガニスト バッハ―楽器に支えられたアイデンティティー
ギターの歴史と特色
過去の克服

2002年度

宮坂ゼミ

言語と思考
認知言語学における空間のとらえ方
ドイツに見る環境との接し方についての考察
語の意味について
ドイツ文化と日本文化からみるドイツ人と日本人の比較
色彩―日本とドイツの比較
ドイツの環境
ドイツ語の歴史と方言
色彩表現から見たメタファーとイメージの関係―メタファーの存在基盤について
シュタイナー教育の考察
ドイツ国際平和村からみたドイツの福祉と医療
日本の医療現場におけるドイツ語―残ったドイツ語と消えたドイツ語、その原因
ドイツと日本のことわざについて
ドイツ語の歴史
坂東俘虜収容所について
言語回復の可能性

鎌田ゼミ

ドイツの企業や自治体における環境問題への取り組みについて
ドイツの独裁者ヒトラーのユダヤ人迫害
ドイツの手工業―パン作り職人
トーマス・マン『魔の山』論
ドイツの食文化―本当は多様なドイツ料理
ヴィム・ヴェンダース―ドイツとアメリカの間で
ミヒャエル・エンデ『モモ』―『モモ』に見る人間の在り方
マイセン―白磁の発見そして模倣から創造へ
カフェの文化とベルリンについて
国境を越えた人の移動

西谷ゼミ

言葉の中の色彩語
日本とドイツにおける言語行動の比較
ことわざからみる日独文化比較
ドイツ語の移動表現
ドイツ語と日本語における領域的思考の捉え方の違いと表現の違いについて
広告によるドイツと日本の言語比較と文化比較
「伝えたいこと」と「伝わったこと」
Bewegungの比喩表現について
ドイツ語の料理用語について
ドイツ語のtiefに関する考察

倉賀野ゼミ

『影をなくした男』における「影」の意味とその効用
『ニーベルングの指環』―19世紀の社会と指環のかかわり
『影のない女』におけるオペラ台本と散文比較 
アンネ・フランクと『アンネの日記』
ノヴァーリスの甦り

木野ゼミ

バロック期におけるヨーロッパ音楽の展開
夢見る皇帝ルドルフ2世―奇人といわれた君主の真実
ロマン派音楽の魅力に関する考察
ドイツの環境政策―環境先進国のゴミ処理システム
ドイツ女性に見る自立と幸せの意味
文学作品における「影」の働き

2001年度

下程ゼミ

『若きヴェルターの悩み』とゲーテについて

宮坂ゼミ

日常に存在するメタファー
文化の象徴としての言語
色彩のイメージと色彩語
比喩について
メトニミー的思考
言語習得について
生成文法からみたドイツ語の語順

鎌田ゼミ

ドイツのカーニバル―Karneval und Fastnacht
ドイツ人の名前―名前に刻まれた歴史
エネルギー新時代へ―ドイツの環境保護政策の取り組み
ギュンター・グラスと『ブリキの太鼓』
ドイツのターフ
ドイツのクリスマス
ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』―没落からアウトサイダーへ
『砂男』―幻想と科学の間
『ガリレイの生涯』について
ドイツの介護保険

西谷ゼミ

「天空」における日本語・ドイツ語間の考察
ドイツ語の共感覚表現
戦争のメタファーに従う思考
メタファーと造語
色彩表現とメタファーについて
「目」とAugeの表現の違いについて
料理と表現
「怒り」の感情表現メタファーについて
文化に根ざした言語概念
色彩表現の意味構造
ドイツ語時間表現からみた「過去」、「未来」

倉賀野ゼミ

ヘッセ『メルヒェン』についての考察―女性像を中心に
文芸サロンとラーヘル・レーヴィン=ファルンハーゲン
E・T・A・ホフマンにおける現実世界と幻想世界
ウィーン世紀末のジャポニスム
『モモ』から考察する人間性の復活
『ローエングリン』―歴史とメルヒェンの交わり
やはり人生にYESと言えた
『若きウェルテルの悩み』
バッハ―時代と宗教と音楽
シーボルトの「日本学」をめぐって
『はてしない物語』から考察するエンデの世界観―シュタイナー思想を背景として
ミヒャエル・エンデの現代批判
シュティフターと『水晶』

2000年度

下程ゼミ

『デーミアン』―2つの世界と自分自身への道
ドイツの学校教育とシュタイナー教育
『モモ』における時間の問題―現代人に対する警鐘
『デーミアン』―Eigensinnを中心に
「白雪姫」を生き抜いてこさせた力とは
『車輪の下』Unterm Rad―“国家による教育”に対する告発
1918年以降の反ユダヤ主義―ナチスの人種主義理論と大衆の反応
若き日のゲーテに見るもの
ある初老芸術家の偏愛の果て
『変身』―カフカの自伝として
作品中に見られるゲーテの生き方

宮坂ゼミ

言語の枠をこえた共感覚表現
世界の言語における動物の鳴き声についての考察
ドイツ語の語順についての考察
語の意味に関する考察
転義のかたち メタファー、メトニミー、シネクドキ
言語比較による近代化考察
ハウプトマンと沈鐘

鎌田ゼミ

『モモ』を通して見る本当の人間の豊かさについて
グリム童話の女性たち
腸詰考― Lexikon der Wurst
ドイツの家屋
ドイツと日本の環境問題
『ファウスト試論』
ホーフマンスタールの「チャンドス卿の手紙」について
「ヘルマン・ヘッセにおける精神的危機の克服過程」
ヘルマン・ヘッセ『Der Steppenwolf』~永遠の人々への道~
ワイマール時代のドイツ映画
『作家の肖像』カフカに寄せて―小説の方法

西谷ゼミ

共感覚にみる感覚語考察
メタファーと家徴
「視覚」から「みる」メタファー
辞書における死んだメタファーの役割

倉賀野ゼミ

ケストナーの『動物会議』
ヘルトリングの描く児童文学
キーワードごとに見る『モモ』
ゲーテとイタリア紀行
「自由」についてエンデの諸作品からの考察