KGゲルマニスティク

関西学院大学文学部ドイツ文学研究室では、研究室に関わる教員や大学院生により、『KGゲルマニスティク』を発行しています。

2018年 第21・22合併号

【論文】
藤田 美代子 若きシラー その熱情の行方 ―『友情』からラウラに寄せる愛の頌歌(『1782年詩歌集』より)を中心として―
小川 暁夫 意味付与の原理―ドイツ語を例に

【エッセイ】
下程 息 『ファウスト』に寄せて
鎌田 道生 今日を愉しむウィーン気質 ―ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」を観る―

【翻訳】
石田 喜敬 ハンス・エスター 『ミヒャエル・エンデとの対談』
佐分利 啓和、三阪 日向 ペーター・ビクセル 『ライオン』・『海より』

2016年 第19・20合併号 倉賀野安英教授退任記念号

【論文】
下程 息 ヴァイマル時代のヘルマン・ヘッセ ―ヘッセ文学再考のために―
下程 息 『柳原初樹氏厳選論文集』に寄せて 「想起文化」(Erinnerungskultur)の問題を中心に
鎌田 道生 地母神・エヴァ・魔女 ―魔女の元型を求めて
木野 光司 バイエルン王国初期のミュンヘン改造 ―1778年から1825年までの業績を中心に―
村山 功光 グリム兄弟における〈叙事ポエジー〉の美
宮下 博幸 認容の標識としてのgut

【エッセイ】
倉賀野 安英 「夕暮」という人は
小川 暁夫 しなやかな人

【翻訳】
竹田 利奈、河口 純子、坂賀 翠、井上 朋子、武田 有里子、味元 亜希子
ペーター・ビクセル 『動物愛好家』・『ギゴン氏』・『ロマン』・『牛乳配達人』・『木毛』・『シャクヤク』・『花』
野口 崇子 E.T.Aホフマン 『ザクセンハウゼンの仕立屋』
井上 朋子 E.ケストナー 『ホテルでの地獄』

2014年 第17・18合併号

【論文】
藤田美代子 シラーにおける歴史認識と劇作の相互関係ー『三十年戦争史』と『ヴァレンシュタイン』を中心にー
漆谷球美子 J.クリュス『ティム・ターラー』における現実と幻想的場面の効果

【翻訳】
高坂純子 ヘルマン・カーザック『激動の13週間』
岡市純平、井口真一、段上佳代、野口崇子
『オルゴール』・『公務員』・『男というもの』・『11月』・『サン・サルバドル』

2012年 第15・16合併号 西谷俊昭教授退任記念号

【論文】
西谷俊昭 名詞の動詞転換における文化的素養
石田喜敬 『はてしない物語』におけるバスチアンの人物像―ドイツ・ロマン主義文学との関連において―
漆谷克秀 力なき神
鎌田道生 古典との対話―プロローグ
下程息  我が国におけるビューヒナー解読をめぐって―『ダントンの死』を中心に―

【研究ノート・随筆】
中村俊子(雅美) ドイツ語教育の現況に寄せて
小川暁夫 首尾一貫した人

【翻訳】
フーゴー・レッチャー 二編
漆谷球美子、野口崇子 他       『八つ目の大罪』
和田資康、角田壮平          『ローマ人がやってきた』

2009年 第14号

【論文】
 松波廸子 アネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフとその周辺
 高坂純子 検閲の時代を生きる―H.E.ノサックとH.カーザックの「秘密言語」―
 吉澤賢   もうひとつの「ある戦いの記録」:『観察』から『判決』へ
 鎌田道生 ムージルとモデルネの風景(その3)

【翻訳】
 竹見直子、筒井由加絵、野口崇子、和田資康 
 フ―ゴ―・レッチャ―『洗濯場の鍵』

2008年 第13号 鎌田道生教授退任記念号

 鎌田道生 ドイツ滞在回想録
 下程息  わが国におけるトーマス・マン受容概説―戦後の当該著作をめぐって―
 漆谷克秀 「堰」(Die Schleuse)について
 木野光司 マックス・ヨーゼフ一世とバイエルン王国
 紅谷浩二 Die Falle des Hermes oder Kafkas Liebesbriefe
 近藤悟   M・エンデの戯曲『サーカス物語』について―『モモ』や環境問題との関連―
 義則孝夫 文学の行方(随想)
 クラウス・フォンドゥンク Hölderlin auf Tatami Erinnerungen an Nishinomiya, die Kwansei Gakuin Universität und Koyasan
 田村和彦 椅子さまざま― a Monsieur Kamata

2007年 第12号

【論文】
 近藤悟   エーリヒとミヒャエルの戦争体験
 高坂純子 H.E.ノサックの聖書物語-戯曲『カインの族』における「表現主義的なもの」-
 柳原初樹 Ein Vergleich des Historikerstreits in den Nachkriegsgesellschaften Japans und Deutschlands - Fischer-Kontroverse und die Kontroverse um das Buch »Shôwashi« (Shôwa-Ära)
 下程息   クリストフ・メッケルにおける「父親殺し」の問題-『父の実像を探し求めて』という作品-

【翻訳】
 フリードリヒ・デュレンマット 二編
  石田喜敬 『人肉ソーセージ』
  藤戸麻理 『息子』
 マックス・フリッシュ
  鎌田道生 『アンドラのユダヤ人』

2006年 第11号(2007年発行)

【論文】
 鎌田道生 ムージルとモデルネの風景(その2)
 高坂純子 H. E. ノサックの1945年
 近藤悟   『鼠捕り男 ハーメルンの死の舞踏』について-M. エンデの資本主義批判-
 柳原初樹 戦後日独両国の「アイデンティティー」をめぐる知的パラダイム変遷->Erinnerungskultur<を中心に-

【講演】
 ヘルガ・エッセルボルン 山口勝 訳 作品の共同執筆者としての読書-新たなヘッセ読解のための提言-

2005年 第10号(2006年発行)

【論文】
 義則孝夫  『伝導の書』の行方-ドイツ・バロック詩との関連で-
 下程息    トーマス・マンのビューヒナー受容-『非政治的人間の考察』におけるジャコバン主義批判を中心に-
 加藤智也  ゲオルク・ビューヒナーのリアリズムについて-解剖学研究と美学に関する考察-
 津山朝子  不変化詞の機能とその範列の可能性について

2004年 第9号

【論文】
 鎌田道生  ムージルとモデルネの風景(その1)
 高坂純子  H.E. ノサックの戯曲『ヘッセンの急使』-1930年代の未発表草稿をめぐって
 白井宏美  Kawaiiheit überall in der Welt? Zur Ausbreitung und zum semantischen Spektrum von Kawaii

【研究ノート】
 西谷俊昭  Stereotypについて

2003年 第8号

【論文】
 大島浩英  Das Rollwagenbüchlin における動詞前綴り zu と前置詞 zuについて
 義則孝夫  Wieland の作品の告訴事件-Wieland とドイツ・ロマン派
 下程息   作家によるビューヒナー受容の一範例
       エートシュミットの長篇小説『ゲオルク・ビューヒナー ドイツの革命』

【故荒木泰名誉教授追悼文】
 内田正博  荒木先生への感謝-Mastery for Service
 高坂純子  荒木泰先生の思い出

【留学先大学紹介】
 マルデブルク大学・独語独文学科ドイツ語
 三輪朋也  教授法ゼミナールDaF/DaZ

2002年 第6・7合併号

【論文】
 松波廸子  アマーリエ・フォン・ガリツィンと「クライス・フォン・ミュンスター」
 高坂純子  作家の本棚-H.E. ノサックの蔵書目録をめぐって

【翻訳】
 野口芳子  ヤーコプ・グリム/ヴィルヘルム・グリム:「メルヒェンの本質について」
 島田佐知  ユリア・フランク:お前たち、おいしくないのか?

【翻訳随想】
 義則孝夫  作者の真意はどこに?

【マルジナリア】
 下程息    メルヒェン研究雑感

2000年 第5号 下程息教授退任記念号

【論文】
 義則孝夫  「民衆詩人」の神話-Grimmelshausen の場合
 内田正博  ホーフマンスタールとオーストリア-ハプスブルク神話の歴史的意味について
 漆谷克秀  信仰と冒?
 高坂純子  H.E. ノサックの「死の舞踏」図像
 佐野仁志  ヘルマン・ヘッセの「カラマーゾフの兄弟またはヨーロッパの没落」における内面への道
 加藤智也  伝統的演劇の崩壊-ビューヒナー『ダントンの死』における読書プロセス
 小川良一  下程先生への思い出
 下程息    回想のフーガ
 エーバーハルト・シャイフェレ(下程息訳) 
        関西学院大学ドイツ文学科の客人:ゲオルク・ビューヒナー(1813-1837)

1999年 第4号

【論文】
 紅谷浩二  カフカの『田舎医者』あるいはシニフィアンとしての欲望
 高坂純子  H.E. ノサックの散文について
 岸本明子  リルケとアポロンの彫像 -「事物詩」(Dinggedicht)の成立
 下程息    『顧問官クレルペス』-ホフマン文学における両極性の問題にかんする一考察

【翻訳】
 村山正雄  『異質の世界』におけるカロッサの視点-クリスティアーネ・ドイセン:『自己是認と回想』より

1998年 第3号

【論文】
 山本惇二   Von K. Ph. Moritz zu Wackenroder-Der Weg zur Frühromantik
 倉賀野安英 我マタ〈ヴィチェンツァ〉ニ在リキ-ホフマンスタールの「夏の旅」をめぐって
 松波廸子  ドロステ-ヒュルスホフのヴェストファーレン諸邦-『ヴェストファーレン人作ヴェストファーレン素描』について

【翻訳】
 村山正雄  ハンス・カロッサの『異質の世界』の反響-クリスティアーネ・ドイセン:『自己是認と回想』より

【コロキウム報告】
 『ファウスト』の解釈上の問題-フリトヨフ・ローディ教授を迎えて

1997年 第2号

【論文】
 クラウス・フォンドゥンク Nach der Apokalypse ist vor der Apokalypse Enzensbergers Untergangsbilder
 佐藤和弘  Gattungsnamen und Stoffnamen-Die Rolle der Zähleinheitswörter und unterschiedliche Weltansichten
 高坂純子  額縁のない絵- H.E. ノサックの『ドロテーア』をめぐって
 義則孝夫  ヴィーラント『アガトン物語』の翻訳について(解説)

1996年 創刊号

【論文】
 山本惇二   J.J. Winckelmann und K.Ph.Moritz - Zur Überwindung der Mimesislehre
 倉賀野安英 ふたつのプロローグ-『ティツィアーノの死』とその周辺
 橋本郁子   Hans Castorp-Zum Problem der Bürgerlichkeit im Zauberberg
 高坂純子   乳白色のタペストリー-H.E. ノサック『ネキュイア』の成立をめぐって

【書評】
 中村雅美 Jürgen Amrhein: Die Semantik von werden. Grammatische Polysemie und die Verbalkategorien Diathese, Aspekt und Modus