ご挨拶

[ 編集者:文学部・文学研究科        2018年6月8日   更新  ]

アジアってどこのこと?

万里の長城

今日のほとんどの日本人は日本がアジアの一国であることに何の疑問も持たないでしょう。では、どこからどこまでがアジアか、といわれると答えられないのではないでしょうか。東の端が日本だとして、中国や中央アジア諸国と北で接するロシアはアジアの国なのでしょうか。東地中海岸にあるシリア共和国やヨルダン王国はイスラーム教徒が大半を占めます。これらの国も日本と同じアジアに属するといわれたら、多くの日本人は違和感を覚えるかもしれません。アナトリア(小アジア)にあるトルコ共和国は、やはり国民のほとんどがイスラーム教徒ですが、サッカーなどのスポーツ大会ではヨーロッパ地域に属し、EU(欧州連合)への加盟を目指しています。

「アジア」には学問的に決まった定義はありません。それは、アジアの地理範囲が時代とともに変化してきたからです。そもそも、アジアは古代オリエントを統一したアッシリア帝国のアスーを語源としているといわれます。これは「日の出」を意味し、対する概念として「エレーブ」=「日没」がありました。これらの単語がギリシアに入って、アシアー=「日出ずるところ」とエウロペー=「日没するところ」という言葉がつくられたと考えられています。つまり、アジアとヨーロッパは古代ギリシア人の世界観をあらわす対概念として生まれたのです。その世界観では彼らの住むギリシアのある「ヨーロッパ」より東が「アジア」とされました。その後の「ヨーロッパ人」の勢力拡大とともに、ヨーロッパの意味する範囲もアジアの意味する範囲も広がっていきましたが、重要なことは、常に「ヨーロッパ」側が自己認識のために「アジア」という概念を用いていたということです。「ヨーロッパ」は自身を他者と区別するために、相手に「アジア」という呼称をつけたわけですが、そう呼ばれた「アジア」側には、近代以前には自分たちが「アジア」に住んでいる「アジア人」という意識はありませんでした。

ゼミの授業風景(佐藤達郎教授)

それではアジアという地域は存在しえないのでしょうか。われわれ人間は他者という存在に接して初めて自分が何者か自問自答し、自分という存在を認識します。かつてのヨーロッパは広大なユーラシア大陸の西端にあって、隣接する西アジアのイスラーム世界に長い間脅威を感じてきました。その後、ヨーロッパ諸国は大航海時代を経て世界に進出していきますが、彼らは自他を比べることによって「ヨーロッパ人」意識を形成していきました。一方、アジアの諸地域はヨーロッパの植民地主義の犠牲となりましたが、このときに初めて「ヨーロッパ」に対する「アジア」を認識し、他称であった「アジア」を、自分たちを表す言葉として受け止めたといえるでしょう。

「アジア」となった地域は地理的にも広く、文化も民族も非常に多様なことが特徴です。ここにアジアとしての共通性を見いだすのは不可能のようにも思えます。しかし、遊牧民の活動や東西交易、植民地問題など、よく調べるとアジア史に普遍的な話題も浮かび出てきます。アジアの多様性と統一性について研究することは、そこに属する日本やわれわれ日本人自身についてあらためて考えることでもあるのです。