
研究者 人間のことがよく分かる。それこそが心理学の魅力
人はどうやって必要な視覚情報を選ぶのかを研究
認知心理学は、コンピュータの情報処理になぞらえて人の心をとらえようとする学問です。何かを見たり、聞いたり、触れたりして情報を得た時の心のはたらきを研究します。私の研究は主に視覚に関するもの。人は多くの情報を目から取り入れています。目に入る情報量は膨大で、その処理を一気に行うことができません。たとえば道を歩いていて、穴が開いていたら、人はそれを簡単に避けますが、目に入った情報のすべてを処理していたら、そこに穴があるかどうかに気づくまでに時間がかかってしまい、そのまま穴に落ちるかもしれません。つまり人間は視界に入った膨大な情報の中から必要なものを選んでいます。私は人間がどうやって必要な視覚情報を選ぶのかを探究しています。

生き物とパソコンが好きだった少年時代
私は引っ込み思案で、人見知りがちな子どもでしたが、両親の「情操教育」の一環だったのか生き物が数多くいる家に育ちました。家の中にニワトリがいて、掃除機をかける母親の後ろについて歩き回っていたこともありましたし、家族旅行で海に釣りに行き、釣った魚を家の水槽で飼っていたこともあります。そのおかげか、生き物が好きな子どもに育ちました。もう少し大きくなると、当時普及し始めていたパーソナルコンピュータに興味を持ち、その様子を見ていた父が友人から古いパソコンを譲り受け、私に与えてくれました。さっそくパソコン雑誌に掲載された別の機種のプログラムを移植してゲームを作ることに熱中しました。生物とコンピュータが好きな子ども時代を過ごしたことで、「コンピュータになぞらえて人の心に迫る認知心理学」に進む土壌が出来たのかもしれません。

心理学のイメージと現実のギャップに戸惑い
大学受験の時期になり、当時、流行っていたマンガの「沈黙の艦隊」に触発されて国際政治学を学ぶか、映画「羊たちの沈黙」で知ったプロファイリングを学ぶか、どちらにしようかと迷いましたが、最終的に関西学院大学の文学部心理学科に入学しました。関西学院大学の心理学科は動物実験による学習の研究や、脳波などの生理指標をつかった研究が盛んで、当初思っていた心理学のイメージと関学心理がモットーとする科学的心理学とのギャップに戸惑いました。文学部でありながら、生物学に近い領域のように感じたのです。とはいうものの失望することなく、さまざまな講義を受けて心理学の知識を深めていきました。そしてもともと好きだったパソコンを生かした勉強ができないかと思った時に、出会ったのが生理心理学の八木研究室でした。

先生の講義と先輩たちの話をきっかけに認知心理学の道へ
後に私の指導教員になる八木昭宏先生(現・名誉教授)は、当時世の中に知られ始めた人工知能(AI)について分かりやすく話してくださるなど、講義が面白くてお話を聞くのが楽しみでした。また研究室では、学生を被験者にして脳波の計測を行うことも多く、私も積極的に被験者になりました。脳波の実験は準備を含めると時間がかかるので、その間に研究室に所属する先輩や院生から研究に関するさまざまな話を聞きました。そんなことから生理心理学に興味を持ち、八木研究室を志望。研究室を決める面談での八木先生はそっけない素振りでしたが、何度も被験者になった私のことを先輩たちから聞いていたらしく、「小川君がウチの研究室に来ないかなあ」と言っていたと後になってから聞きました。

脳が無意識に処理するメカニズムの解明を目指す
八木研究室に入って卒業論文研究として取り組んだのは脳波を使った研究でした。当時はまだそれほど普及していなかったヘッドマウンドディスプレイを使い、ヴァーチャルリアリティ環境内で目を動かしているときに、どのような視覚処理が行われているのかを脳波を測定して検討しました。大学院に入ってからは、ヒトが外界の情報をどのように選択して処理しているのかという問題について興味をもち、注意の問題に取り組むようになりました。眼球運動や注意によってどのような情報が優先的に選択されるのかは、ほとんど無意識に決定されていますが、その心的なメカニズムについては不明な点が多く、非常に興味深い研究テーマだと感じています。

脳の「手抜き」の仕組みを解明し、社会に役立てる
私たちの脳は目の前にある情報のうちごく一部を選択して処理しているので、当然その時に選択されない、つまり「見落とされる」情報がでてきます。これを脳の「手抜き」と表現することもできることもできるかもしれませんが、これは生物的な器官である脳の性質を考えれば致し方ないことです。この「見落とし」は日常的に起こっていることですが、私たちはほとんど気づくことはなく日常生活を送っています。しかし、時にこれが自動車事故などの重大な事故の原因となることがあります。脳が「何を選び」「何を選ばないのか」その仕組みを明らかにすることで、自動車の自動運転など様々な技術開発に生かすことができるかもしれません。

アカデミックな貢献ができる卒業論文を
私の研究室には、心理学の実験や、視覚・聴覚に興味のある学生が入ってきます。私の方針は好きなテーマで研究をしてもらうこと。ただし、研究室に入った時点では漠然とした興味であることが多いので、関連する先行研究論文を読んでゼミの中で発表してもらい、ゼミ生みんなで議論をします。そのような活動を通して、「これまで他の人がやっていない」テーマを見つけてもらい、実験等を行うように指導をしています。学生のみなさんがやりたいと思うことを高いレベルでサポートするのが教員である私の役割です。だから学部生の卒業論文であっても、アカデミックな意味で心理学の発展に貢献できるレベル、心理学の学会で発表できるレベルを目指しています。

充実した研究環境の中で心理学を学ぼう
心理学といえば教育心理学や臨床心理学など応用心理学をイメージする人が多いと思います。私も高校生の頃は犯罪心理学に興味を持っていました。しかし、今私が研究している認知心理学は「基礎心理学」に属します。基礎心理学は人間の行動、心のクセ・動きなどについて、実験を通して明らかにしていきます。人間は意外に自分自身のことを分かっていませんが、基礎心理学を学ぶと人間のことがよく分かります。それが基礎心理学の魅力です。関西学院大学心理学科は私立大学で最も歴史がある学科の一つで、研究実績が豊富にあります。また、充実した設備があり、基礎心理学・応用心理学で活躍する多くの先生方が在籍しています。心理学に興味がある人はぜひ私たちと一緒に研究しましょう。
