白木桜・白木少年像(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

白木桜・白木少年像

白木少年像

白木少年像

 1933年4月、旧制中学部の5年生であった白木真寿夫は、従兄と一緒に神戸の須磨海岸の沖でボートに乗っていた。
しかし、汽船の横波を受けてボートは大きく揺れ、従兄は海に投げ出された。
従兄が泳げないことを知っていた白木は、制服のまま初春の冷たい海に飛び込み、近づいてきた船に従兄をあずけると、自身は力尽きて海中に沈んだ。
白木の父白木徹夫は、深い悲しみの中から白木を記念するために桜の苗木を中学部に贈り、やがてそれは「白木桜」と呼ばれるようになった。
後に建てられた「白木桜」の記念碑(山田耕筰揮毫)に刻まれている「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない(ヨハネ伝15:13)」の聖句を、白木は崇高な犠牲的行為を通して生きたのである。

 この「白木桜」の記念碑は、1959年7月に中高共用のプールの竣工式と同じ日に、校庭の一部で除幕式が行われた。
当時のPTA会長堀川一雄が「白木桜」の由来を永く校庭にとどめたいとの主旨で寄贈されたものである。

 新制中学部初代部長矢内正一は1959年、命をかけて従兄を救った白木の精神を後世に伝えたいと考え、二科展会員大西金次郎に依頼して「S君を偲びて」(白木少年像)を作成した。
少年像は中学部本館(現、高中部本部棟)玄関横に設置され、毎朝登校する中学部生の姿を見守っている。

【文献】『関西学院新制中学部の50年』1997