指導部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

指導部

 1945年、戦後学生スポーツの隆盛に伴い応援団の設立が強く求められ、47年、リーダー部として88名の部員で創部された。
48年に応援歌「弦月」、54年に応援歌「新月旗の下に」が生まれ、応援にもますます華やかさが加わった。
「愛され、信頼される応援団」をモットーに学院全体の応援を目指した。
59年の学院創立70周年の際、学生歌「打ち振れ旗を」が作られ、創部15周年イベント「新月の集い」を挙行した。

 大学紛争さなかの1968年、全学学生集会によりリーダー部の解散要求が決議され、22代をもってリーダー部は解散した。
翌年には指導部として再建。
71年にはマスコットとしてエイトマンを採用した。
体育会の低迷期、79年に新応援歌「弦月さゆる高台に」を発表した。

 1981年の創部35周年に当たり、それまでの「乱舞祭」を「総部祭」と改め、翌82年には“Mastery for Service”を刻んだ新団旗を掲げた。
84年、総合関関戦前夜祭を行い、89年には逍遥歌「四季有情」がつくられた。
硬式野球部の応援、アメリカンフットボール部の応援に加え、学院全体を盛り上げるべくさまざまな活動を行っている。

【文献】機関誌『弦月』(創刊号-22号)1958-82;『関西学院大学応援団総部の50年』1996