自動車部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

自動車部

 自動車部は1933年に学院の自動車研究機関として誕生した。
トヨタ自動車や日産自動車の前身である豊田自動織機、日本産業・戸畑鋳物が国産自動車製造に着手したのもこの年で、自動車部は、世界に誇る日本の自動車産業の発展と共に歩んできたと言える。

 1934年には関西学生自動車連盟の結成に参加、各種競技会・行事の主導役となった。
35年には、国産自動車ダットサンによる大阪・東京往復1,000㎞走行車両性能調査を実施、40年にも機械化実験と道路調査を目的とした北海道遠征をするなど活発な活動が注目された。
42年、第2次世界大戦の激化に伴い表向き解散したが、当時の部員の証言によると国防自動車協会学生班として存在していた。
戦後の53年、正式に自動車研究会として再興、54年には体育会の仲間入りを果たした。
58年、初の女性部員を迎え年々部員数は増加の一途をたどった。
数多い全日本学生自動車連盟の公式競技には全種目出場し、全国制覇常勝校といわれる目覚ましい活躍を遂げる一方、85年創部50周年記念行事として中国遠征を挙行、上海を起点とする1,400㎞を走破、日中友好親善の一翼を担った。

 2013年の創部80周年を経た現在、部員数は決して多くない中、ジムカーナ、ダートトライアルといったマシン(車両)の性能・整備が問われるスピード競技、運転技術競技など全種目に出場、好成績を上げ、輝かしい歴史と伝統を絶やすことなく受け継いで活動している。

 OB、OGで組織した同窓会公認団体「自動車部OGB会」があり、現役を物心両面から支援している。

【文献】『みちしるべ創部50周年記念誌』1983;『関西学院大学体育会自動車部創部80周年記念式典次第』2013