児玉国之進(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

児玉国之進

こだまくにのしん

1894.12.20~1990.12.14

児玉国之進

児玉国之進

経済学部教授。
広島市に生まれる。
1919年、関西学院神学部退学後、神戸三菱職工学校、広島修道中学校教員を経て23年にアメリカへ留学し、デューク大学、ジョージ・ピーボディ大学院で英語英文学を専攻(B.A.,M.A.)。
26年に帰国し、広島女学院専門部英文科教員を経て、31年、関西学院文学部の教員に就任。
32年に大学予科教授となった。
48年、学院に新制高等学校が発足し高等部教授となり、53年、経済学部助教授、54年、同教授となった。
60年の定年退職後も長く非常勤講師を務めた。
60年5月、兵庫県教育功労者表彰。
61年、東洋食品工業短期大学教授に就任。

 29年におよぶ学院勤務の間を一英語教員で通し、学生との直接の触れ合いを大切にして多くの学生の敬慕の的となった。
学生や卒業生を自宅に招く児玉家の宴は、1940年以来、戦時下の食糧乏しい時代を含めて長く続けられ、教え子たちを感激させた。
またスポーツ選手の人間味を愛し、スポーツ団体の育成に努め、32年から拳闘部顧問、43年から運動部代表顧問、46年から52年まで運動部総顧問を引き受け、75年には関西学院大学体育会名誉顧問に推挙された。

【参照】Ⅰ 478,483【文献】武藤誠「学院人物風土記15」(『関学ジャーナル』(29)1980;米田満『児玉国之進先生卒寿記念 関西学院とともに』1986