校名(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

校名

 関西学院(カンセイガクイン)という校名は、1889年の関西学院憲法の制定と同時に定められたが、その由来は第2代院長吉岡美国の回想談の中で紹介されている。
それによると「余り立派な名は名負けがしていけないと云ふので、平凡な名を選ぶ事にし……関東に対する関西として、西日本の指導者ともなる意味」を込めて付けられたという。
また「学院」という名称は、当時のミッション・スクールに「何々英和(女)学校」とするものが多く、それを打破するものとして当時としては斬新な命名であった。
なお、関西を「カンセイ」(ただし英語表記では“Kwansei”と書かれているように「クワンセイ」と発音される)と読むのも「諸事革新的な気風から……漢音でばかり読む傾向」を採用したもので、後に「関西~」と称する各種の団体・学校で「カンサイ」と呼ばれるものとの区別を明確にすることともなり、その校名は創立時以来、関西学院の革新的スマートさを意識させるものとなっている。

【参照】Ⅰ 107【文献】『新星』(5)1937