航空部(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

航空部

 ライト兄弟の初飛行から約四半世記後の1930年、欧米大学における航空スポーツの高まりに相応し、大空への若人の憧憬として、校友の大阪朝日新聞記者・新宮寿天丸の呼びかけで、関西学院と京都帝国大学とで関西学生航空連盟が結成された。
後に航空部となる航空研究会の発足である。
その後、参加大学も増え、32年本連盟は関東の大学と合体し、日本学生航空連盟関西支部となった。
関学の活躍は華々しく、関西学生初の単独飛行者兼操縦士となった名倉三郎を筆頭に飛行免状取得者が誕生していった。
競技面では34年から全日本学生航空選手権大会が開催され、第2回大会においては6種目中5種目に出場、4種目で優勝、1種目で入賞した。
また、衣笠武男、辻賢造、金子良夫、森重猛夫らは2年連続優勝や2種目優勝をするなどの活躍を見せた。

 戦争による空白の後、1952年、グライダーのみによる日本学生航空連盟が再発足し、航空部として活動を再開した。
関西では、復活後初めて飛行機曳航による飛行に成功した3名のうち2名(安田晃次、亘理一省)は本学生であり、関西での複座機による教官同乗操縦訓練を最初に行ったのは本倶楽部であった。
関西学連発足から現日本学連まで続く唯一の加盟校であり、その間に数多くの各航空会社パイロットや航空大学校教官を輩出している。

 現在、飛行訓練は合宿形式で、主に木曽川滑空場(ウインチ曳航)と福井空港(飛行機曳航)で行う。
競技は全日本、東海関西、全日本新人大会や関関戦、関関同立戦の対抗戦、山岳滑翔大会が毎年行われている。
主な競技内容は、定められた3地点の周回飛行時間を競う個人競技であるが、選手には、操縦技量のみならず、気象、飛行理論、機体工学、航空無線、航法、航空法などに関する知識と俊敏な判断力が常に求められる。
現在、単座グライダー2機を所有し、互いの信頼と協力とで常なる全国大会入賞を目指し活動している。

【文献】『関西学院大学体育会航空部70周年記念誌』2008