校歌「オールド・クワンセイ」(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

校歌「オールド・クワンセイ」

 校歌"Old Kwansei"の由来は男声合唱団関西学院グリークラブの誕生と軌を一にしている。
1899年7月中旬、夏休みが始まってからも寄宿舎に残っていた数人の生徒が、吉岡美国院長宅に滞在していた院長夫人の妹、岡島まさ(政尾)に指導を頼み、ささやかな歌のグループが生まれた。
岡島は長崎の活水女学校高等科在学中の音楽的才能に秀でた女性で、毎年の夏休みを院長宅で過ごしていた。
ベビーオルガンを弾きながら岡島が根気よく教えた結果、ついに四部合唱にまでこぎつけた。

 ところで学院創立時の「私立関西学院規則」の第1章総則第1条に「本院ハ主トシテ英語ヲ以テ普通学ヲ授ケ……」とあるように、学院は英語の学習を当初から重視し、教員・学生の間で英語演説が盛んであった。
1896年に初めて英語会が組織され、神学部と普通学部の生徒全員が会員となり、毎週もしくは隔週に1回例会を開き、年に一度は公開大会を開いた。
1900年秋、第5回の英語会の公開大会が近づいたころ、吉岡院長はこのグループに「グリークラブ」"Glee Club"の名称を与えた。

 大会当日、グリークラブが歌ったのが"Old Kwansei"であった。
この歌は岡島まさがアメリカ・プリンストン大学のカレッジ・ソング"Old Nassau"(H.P.Peck作詞、K.A.Langlotz作曲)の歌詞の一部を変えたものであった。
もともと混声合唱用に作曲されたこの曲は、その後、同大学を卒業したE.カーター(Ernest Carter)によって、より荘重なリズムの男声合唱曲に編曲された。

 "Old Kwansei"はラングロッツ作曲のものが歌い継がれていたが、1933年にカーター編曲の楽譜が発見され、以後、これを少し手直しして(編曲は林雄一郎)、59年に男声合唱曲として現在歌われているものになった。

【参照】Ⅰ 178-179【文献】『開校四十年記念 関西学院史』1929;『関西学院グリークラブ100周年記念フェスティバル』プログラム1999