熊谷鉄太郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

熊谷鉄太郎

くまがいてつたろう

1883.5.27~1979.7.11

盲人伝道者。
北海道瀬棚郡美谷村に生まれる。
3歳の時に天然痘で両眼失明。
17歳の春、札幌盲学校に入学。
札幌の美以教会の祈祷会で初めてキリスト教に触れ入信を決意。
1902年に上京し、東京盲唖学校、夜は夜学校で英語や漢文を学ぶ。
本郷の中央会堂などで教会生活を送る。
卒業後、横浜、同愛、神戸の各訓盲院で教師となる。
12年、好本督の知遇と援助を受け関西学院神学部に学ぶ。
学院における生活について、「関西学院の生活は、今考えますと、全生涯のうちで、もっとも恵まれた楽園のような生活でありました」と回顧している。
神学部卒業後伝道者となり、大阪、柳井、宇部、広島、神戸の日本メソヂスト教会の諸教会で伝道・牧会に従事。
視覚障がい者文化運動を起こし、触覚による文化見学、ロシアの視覚障がい者詩人エロシェンコの講演会、按摩徒弟・職人の経済調査、エスペラント語の視覚障がい者への普及などに尽力した。
31年に渡米。
43年、タイの視覚障がい害者教育のために渡航したが、志を果たせずして帰国。
自伝的著書として『闇を破って―盲人牧師自叙伝―』(1931)、『薄明の記憶―盲人牧師の半生―』(1960)がある。

【参照】Ⅰ 397【文献】玉田敬次『熊谷鉄太郎―見果てぬ夢―』1985