沓澤吉太郎(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

沓澤吉太郎

くつざわきちたろう

1890.11.1~1963.4.8

沓澤吉太郎

沓澤吉太郎

旧制中学部長。
秋田県増田町出身。
1919年、京都帝国大学卒業。
同志社中学校教員や旧制公立中学校長を長年務めた後、東奥義塾(青森県弘前市)の塾長代理に就任。
その後、出身中学校の先輩であり青山学院院長であった笹森順造の要請で、1943年5月、旧制関西学院中学部長に就任した。
哲学専攻で敬虔なクリスチャンであった。
礼拝を自由に守ることのできなかった軍政下、部長室で二人の子息と矢内正一教頭の4人で礼拝の灯をともし続けた。
45年3月に退任。
その後、満州の安東中学校に校長として赴任した。

【文献】『関西学院史紀要』(13)2007