基督教青年会(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

基督教青年会

青年会記録

青年会記録

関西学院が創立されてから2カ月にも満たない1889年11月、関西学院青年会が組織された。
発起人3名を含む11名の会員で役員の選挙を行い、神学部生の中山栄之助を会長に選出するとともに、大阪基督教青年同盟会に加盟することを決めた。
そして12月の臨時集会で出席者の3分の2以上の同意を得て、J.C.C.ニュートン、N.W.アトレー、中村平三郎、菱沼平治などの教員も正会員になった。

 1892年の青年会記録には関西学院基督教青年会会則が載せられており、関西学院青年会が実質的に基督教青年会であったことがわかる。
また98年の関西学院青年会記録に記載されている「関西学院基督教青年会憲法」では、「本会ハ日本万国学生基督教青年会同盟ニ加入セルモノニシテ」と明記されている。
会則によると毎月2回例会を開き、演説討論と文章の錬磨を行うこと、また時機に応じて市街において公開演説会を開催することになっていた。
青年会結成後、会員は徐々に増え、1年後の90年に45名、1908年には100名を超えている。
行事として弁論および討論会が盛んであり、英語による演説もその中に含まれていた。

 関西学院青年会は最初、教師も生徒も対等な関係にあり、教員も選挙によって会の役員になっていたが、1909年の記録では、会則上普通会員である学生に対して教員を特別会員として区別している。
なお、同年に青年会は組織上神学部から独立した。
また12年、専門学校令による高等学部が新設され、改めて中等教育機関として整備され始めていた普通学部は15年に中学部と改称され、その過程で青年会は中学部基督教青年会へと移行した。

【参照】Ⅰ 172【文献】「関西学院青年会記録」1889-1916