キリスト教主義教育研究室(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

キリスト教主義教育研究室

 宗教活動委員会の研究部門を発展的に改組し、キャンパス・ミニストリーの理念と実践を検討するリサーチセンターの存在が必要であるという認識に基づいて、1967年6月にキリスト教主義教育研究室が開設された。
キリスト教主義教育研究室は、「キリスト教主義教育の理論とその実践の方法とを広く研究し」、学院の教育的使命の実現に寄与することを、その目的として掲げてきた。
研究室は、78年より、歴史、教育、礼拝、文化の4研究部門に分かれ、個別ならびに共通テーマの研究・調査に従事、その成果を年報『キリスト教主義教育』に発表。
さらに全体プログラムとして、春秋の公開講演会、千刈セミナー、宗教活動委員会との共催によるシンポジウム、研究フォーラム、部門別研究会などを開催。
また共同研究の成果として、青山学院との共同研究の成果『キリスト教教育の理想と現実』(1968)をはじめ、『関西学院青年会記録』や関西学院の歌(校歌、応援歌、学生歌)、創立者W.R.ランバスの著作翻訳を含む『キリスト教教育史資料』、『建学の精神考』などを刊行してきた。

 キリスト教主義教育研究室は、早い段階から研究室の場所や予算の問題などの理由で、大学の研究所として位置付けられることを強く願い、1980年代後半の将来計画検討委員会による「第一回答申」(1988)および「第二回答申」(1989)を受けて、大学の研究所として位置付けられる要望を大学の研究所構想検討委員会に提出。
大学の検討委員会は、「第二期研究所構想検討委員会答申」(1989)において学院のキリスト教主義教育研究室を大学の文化科学研究所の一部である「キリスト教文化研究室」に改組することを提案し、「大学第二次中期計画(案)」(1992)および翌年の大学評議会でその方向性を確定。
このような学院組織から大学の研究機関への移行決定を受け、キリスト教主義教育研究室は30周年に当たる1998年をもって幕を閉じ、その前年に発足した「キリスト教と文化研究センター」と組織として名目上「統合」された形になった。
経緯から考えて実質的には改組し発展的に解消した。