中田秀雄(関西学院事典)

[ 編集者:学院史編纂室 2014年9月28日 更新 ]
関西学院事典

中田秀雄

なかたひでお

1909.4.20~?

中田秀雄

中田秀雄

理工専門部長、短期大学応用化学科長。
大阪市に生まれる。
30年に大阪薬学専門学校を卒業、32年、大阪帝国大学医学部選科(生化学)に入学、36年卒業。
その後、大阪帝国大学助手(医学部生化学教室勤務)、大阪薬学専門学校助教授、同仁会東亜医科学院(青島)教授などを歴任した。
その間、41年4月に、大阪帝国大学から医学博士の学位を授与された。
44年、関西学院専門学校理工科教授に就任、理工科ならびにその後改組された理工専門部、短期大学応用化学科の教授として、その発展・充実に貢献した。
特に薬剤師免許下付の資格取得のために大きく寄与した。
49年6月、4年制大学への昇格問題にゆれる理工専門部の部長に就任、理工専門部から短期大学応用化学科への移行に際して、理工専門部の取りまとめに当たった。
移行後は短期大学応用化学科長。
50年の臨時理事会および臨時評議委員会で決定された応用化学科廃止に対処するため献身的に働いたが、52年、応用化学科が廃止され、11名の最後の応用化学科卒業生とともに退職した。

【参照】Ⅱ 183